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選曲コーナー(参考情報欄)



「プーランクと六人組」
Groupe des Six


  「6人組」とは、音楽評論家コレ(Collet)が1920年1月「コメディア」誌上で、下記の
6人の同時代フランス人作曲家を名指ししたことに依るものですが、6人それぞれに、個性や行動の
方向が異なり、一般的な徒党を組むイメージの「組み」(グループ)ではなかったようです。
 しかし、人物の傾向や気質がちがっても、6人に共通して、影響を及ぼした人物が共通して
詩人コクトーや作曲家サティであった点では、「6人組」といわれることになるのでしょう。

 具体的な6人組の活動例は、1917年頃から同じ音楽会のプログラムに名前を並べるようになり、
1921年には、詩人コクトーのバレー「エッフェル塔の花嫁花婿」をデゥレーを除く5名が合作した
という期間までの数年であったようです。その後は、それぞれ別の道を採ったのです。

 生年順に列挙しますと、次のようになります。

 L.E.Durey    1888〜1979 1919年「新青年」1920「6人組」
                        グループ参入、後年共産党員活動。
 A。Honegger   1892〜1955 1916年、サティ・コクトーと「新青年」結成、
                        ミヨーと友情を交わす
 G。Taillferre 1892〜1983 パリ音楽院でオネゲル、ミヨーを知る。
                        1917年サティの周りの「新青年」グループ参入
 D.Milhoud    1892〜1974 パリ音楽院で、オネゲル、オーリックと同窓生
                        交響曲他、他分野の作曲作品あり。
 F。J。M。Poulenc1899〜1963 作曲家でピアノ奏者、オペラ、バレー、管弦楽曲
                        合唱曲、ピアノ曲など。
 G.Auric      1899〜1983 コクトーの映画「詩人の血」(1930)より
                        劇音楽、映画音楽に活躍。1954〜音楽著作権
                        協会会長。

 「プーランクの音楽」はその旋律の優雅さと形式の明快さを特徴とするもので、
  代表的な作品としては、オペラ「ティレジアスの乳房」、バレエ「牡鹿」、
  ピアノ曲「無窮動」、「フランス組曲」などが挙げられています。

平成15年8月15日  ***編集責任・錦生如雪***


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