NHK人間講座 2003年4〜5月期 「国際コンクールの光と影」 ピアニスト 中村紘子 1980年代より急激に増加してきた各種音楽分野における国際音楽コンクールにおいては、 日本人の活躍が目立ち、人々の注目を集めてきました。 21世紀に入った時点でも、海外において日本人がコンクールに優勝や入賞するニュースが 飛び交っています。これらの国際コンクールの内容と意義をピアノコンクールの場合を例に取り、 見直してみようという講座です。 2ヶ月8回に渡って次のような内容を紹介しています。 3才の時からピアノを始め、日本音楽コンクールで優勝してNHK交響楽団でソリストとして 活動に入り、米国へ留学し、その後、世界各国で演奏活動をしつつ、チャイコフスキーコンクール 他の各種コンクールの審査員を経験してきた世界に通用する世界的ピアニスト・中村紘子さんなら では、の音楽講座です。
| 回 | 題 名 | 講 座 概 要 | 放映日 |
|---|---|---|---|
| 1 | コンクールが始まる | コンクール誕生の社会的背景。モーツアルトとクレメンティの競演。産業革命とピアノブーム。 ショパンとリストの登場。 | 4月7日 |
| 2 | 天才児の世紀 | イサーク・アルベニス(”スペインのショパン”)。レシェティツキー(ウイーン)の弟子達。 天才児達(バレンボイム、ギーゼキング)。最初の本格的国際ピアノコンクール。 | 4月14日 |
| 3 | 巨匠達の誕生 | アントン・ルビンシュテイン・コンクールの歴史。ショパンコンクールの歴史とパデレフスキー。 ソ連の国家的コンクール活動。技術革新と演奏の変質。 | 4月21日 |
| 4 | 冷戦が生んだ スーパースター |
第一次大戦後のコンクール創設(リスト、イザイ、ヌヴーなど)。社会主義国のチャイコフスキー・ コンクール創設。ヴァン・クライバーンの登場。ソ連崩壊によるコンクールの破綻。 | 4月28日 |
| 5 | 東洋人の抬頭 | 第二次大戦後の音楽の普及と大衆化(コンクール優勝者の量産)。アメリカ文化の爆発 (オーケストラの増加とレコードの量産)。クライバーン・コンクールの誕生と商業主義。「音楽鑑賞」 の側に回る欧米の豊かな社会。西洋音楽演奏者を送り出す東洋人社会。 | 5月5日 |
| 6 | コンクールの舞台裏 | 国際コンクールの審査内容紹介(審査員構成、採点方法など)。東洋人と女性活躍の時代。 アレクセイ・スルタノフのコンクール人生。 | 5月12日 |
| 7 | コンクールに 行ってみよう |
コンクールの面白さ。浜松国際ピアノコンクール(1991〜)の紹介。 日本のコンクール(1932〜)の歴史。 | 5月19日 |
| 8 | 二十一世紀の コンクール |
オーストラリアのピアニスト・ヘルフゴットと映画「シャイン」の効果。感動を呼ぶ演奏とは? ピアニストの演技以外の要素。 | 5月26日 |
前述のテレビ音楽講座の元資料ともいうべき中村さんのドキュメンタリーエッセイが次の単行本で その年の大宅壮一ノンフィクション賞を受賞して話題になりました。 「チャイコフスキー・コンクールーピアニストを聴く現代ー」 (中央公論社)1988(昭和63年)初版 中村さんは、第7回(1982)および第8回(1986)「チャイコフスキー記念国際コンクール」 の審査員を連続して経験しており、特に第8回のコンクールの経過を審査員の立場からというよりも 日本人の国際的ピアニストの目から綴っているものです。 4年に一度の開催年の6月から7月にかけての約一ヶ月間、モスクワのコンセルヴァトーリ (チャイコフスキー記念音楽院)大ホールで、ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、声楽の各部門について 第一次、第二次予選および本選を経て、優秀な演奏家を選出するものです。 第8回大会では、ピアノ部門では、34カ国111名が参加しましたが、アイルランド生まれで 英国出身のバリー・ダグラスさんが優勝するまでの経過を追ったドキュメンタリーであり、音楽評論 随筆でもあるわけです。 中村さんは、このエッセイでチャイコフスキー・コンクールの審査状況の進行を述べる事を借りて 次の諸点を述べたかったようです。 (1)国際音楽コンクールとは何か。 (2)クラシック音楽(主として、古典派、ロマン派の音楽)とは何か。 (3)日本人の(1)項および(2)項に対する歴史的かかわり方と現況。 (4)21世紀に於ける国際コンクール及び日本人の西欧音楽の展開。 読者の側から見て、特に(1)項の課題は注目されるところです。 19世紀、20世紀、21世紀と時代と共に人間社会を取りまく音楽環境が変化するに連れ、人間の 音楽に対する取り組み方も形を変え、音楽活動も多様に変貌を遂げてきました。 19世紀までは、ごく限られた名演奏家のいわばスーパースターの時代であり、またスーパースター たりえたのです。ピアノのショパンであり、リストであり、ヴァイオリンのパガニーニといった人々の 時代です。 20世紀になりますと、音楽が蓄音機とレコードという形で残せてラジオやテレビというマスメディアで 大衆に幅広く、普及されるようになりますと、演奏家達の世界も一挙に拡大してスーパースター並みの 演技力の人々が頻出するようになり、コンクールの形態が案出されたのです。 このように音楽世界が全世界の人々に行きつくしてしまいますと今度は、コンクールの乱立で、 コンクールそのものの役目も怪しくなってきました。人々の音楽に対する趣向も21世紀には変化し、 変化させざるをえなくなるのではないでしょうか。 一つの国際コンクールで優勝しただけでは、その人の技量の箔付けが不充分で、幾つかのコンクール 歴が要求されるようになってきますと、もはやコンクールは単なる一つの演奏会になってしまいます。 中村さんの言葉を借用します。 「・・・・国際コンクールといった場で、バッハやショパンやチャイコフスキーなどを 弾いている限り、日本や中国の「非本場人」は要するに「本家・本場」の価値観に 左右され、結局のところ「国民性とは何か、民族の血とは何か」といった問題に突き あたることになるのはむしろ当然のことと思える。・・・・」 「・・・・一方では、その歴史の中にバッハやモーツアルトをもってしまった音楽家の悩み、 というものも存在するわけで、ことはそう単純ではない面もある。二十一世紀も目前に 迫った今日、中国はさておき、私たち日本人音楽家の現在の「悲哀」も、案外近い将来に 今まで考えてもみなかったような状況の下で変化し、逆に大きく開花する可能性も あるのではないかと、・・・」 しかし、「チャイコフスキー・コンクールに日本人優勝!」という大見出しの新聞トップ記事に、 欣喜雀躍し、まさにオリンピックで優勝した金メダリストと同じ感覚で見ている限り、未だ日本人も 明治維新以来の「世界に追いつき、追い越せ」的な「洋楽の世界」を脱していないと言えそうです。 21世紀には、世界の人々は「どういう音楽を」「どういう形で」「どういうときに」必要とし、 また楽しみとするのか、という「人と音楽」という根元に遡った次元での課題に回答を出すことが 今世紀の音楽世界を観ることになるのでしょう。目次に戻る
(その1)ピアノ部門の主な国際コンクール (NHK人間講座テキスト「国際コンクールの光と影」より) 国際コンクールの冠名 開催都市名 創設年度 アントン・ルービンシュテイン サンクトペテルブルク 1890 (注1) ショパン ワルシャワ 1927 (注2) リスト ブタペスト 1933 イザイ(クイーン・エリザベス) ブリュッセル 1933 ジュネーブ ジュネーブ 1935 ロン・ティボー パリ 1943 ブゾーニ記念 ボルツァーノ 1949 ミュンヘン ミュンヘン 1950 チャイコフスキー モスクワ 1958 (注3) ヴァン・クライバーン フォートワース 1962 (注1)アントン・ルービンシュテイン・コンクール アントン・グレゴレヴィチ・ルービンシュテイン(1829〜1894)は、 ロシア音楽協会設立(1859)あるいはペテルブルク音楽院創設(1862)など ロシア音楽に尽力した音楽家・ピアニスト・作曲家・教育者で、弟のニコライ (1835〜1881)もモスクワ音楽院創設(1866)などに功績のあった 優れた音楽兄弟であったのです。彼を記念して、1890年からコンクールが 創設されました。5年に一回の頻度で第一位には、5千フランとヨーロッパ各地で 40回の演奏契約が約束されました。 第1回優勝者は、イタリアのフェルッチョ・ブゾーニで(1866〜1924)で、 彼を記念したピアノコンクール(1949)も創設されています。 第5回(1910)には、ポーランドのピアニスト・アルトゥール・ルービンシュテイン (1887〜1982)が優勝し、彼の名前を付した「ルービンシュテイン国際 ピアノコンクール」が創設(1974)されました。 (注2)ショパン・コンクール ポーランド出身のショパンを記念して、1927年に創設され、5年に一度開催されて きました。第1回(1927)にソ連のレフ・オボーリンが優勝しています。 (注3)チャイコフスキー・コンクール 1958年創設され、4年ごとにモスクワで開催されてきました。第1回には、 アメリカのヴァン・クライバーンが優勝しました。(詳細は、中村さんの著書の通り) (その2)主な国際音楽コンクール 現在では、国内海外とも各種音楽コンクールが開催されており、その数は、ジュネーブに 本部がある国際コンクール連盟に認定されているだけでも200以上あるとされています。 最近日本人が関連した主な海外音楽コンクールを拾いますと、次のようになります。 (出典:音楽之友社「音楽年鑑2002」(2002年5月出版)) アルトゥール・ルビンシュテイン国際ピアノコンクール(1974〜) エリザベト王妃国際音楽コンクール(1951〜) ヴェニヤフスキー国際ヴァイオリンコンクール(1952〜) (その3)日本国内のクラシック音楽部門賞 大凡130ものコンクールが各地で開催されています。 (出典:日外アソシエーツ「音楽・芸能賞事典」(1996−2001)) 日本音楽コンクール 昭和7年(1932)〜平成15年 第72回 全日本学生音楽コンクール 昭和21年(1946)〜平成15年 第57回 浜松国際ピアノコンクール 平成3年(1991)〜平成15年 第5回 (その4)中村紘子さんの最近の著書紹介記事 新聞書評の例 (読売新聞平成15年11月9日付・本よみうり堂) 「中村紘子さんー「コンクールで合いましょう」ー中央公論新社」目次に戻る