選曲コーナー(参考情報欄)
「戦後の草分け的プリマ・ドンナ」
目 次
<東敦子さんの人生>
<日本人ソプラノ歌手>
<関連音楽家あれこれ>
<東敦子さんの人生>
自費出版書店の棚に世界的な日本のソプラノ歌手・東敦子さんの自伝を見つけました。
「ふり向けば恵みの軌跡ー東敦子自伝」女史パウロ会(1999年12月8日初版)
彼女は、この自伝を出版して半月後に亡くなりました。まさに遺書にも等しい著書となったのです。
彼女の人生を新聞の訃報欄を引用して、略記しますと、次のようになります。
1936 大阪府吹田市出身。
1959 東京芸大声楽科・専攻科卒。
1961 イタリア・パロマ音楽院留学。
1963 同院を首席で卒業。
1966 彫刻家の二田原(にたはら)英二氏とイタリアで結婚。
1971 ウィーン国立歌劇場でプッチーニ「蝶々夫人」に出演。(日本人として初めて)
ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場など各国の代表的な歌劇場(下注参照)に出演。
”バタフライ・アズマ”として500回近い舞台を踏む。
1987 体調不調でオペラ引退し、コンサート活動、後進の育成にあたる。
1991 日本芸術院賞受賞。
1998 秋より入退院を繰り返す。
1999 12月25日心不全のため逝去。(63歳)
関連した大學としては、玉川大学、東京音楽大学、東京芸術大学、大分県立芸術短期大学、など
その他、日伊協会、日伊音楽協会にも関与されています。
オペラのプリマ・ドンナとしての経歴は、次のようになります。
メトロポリタン歌劇場(4年度)ウィーン国立歌劇場(6年度)バイエルン国立歌劇場(5年度)
ハンブルグ国立歌劇場(8年度)ベルリンドイツオペラ(2年度)ベルリン国立歌劇場(4年度)
その他 ボリショイ劇場、プラハ国立歌劇場、モンテカルロ王立歌劇場、コロン大歌劇場など
出演した国 イタリア、フランス、スイス、スペイン、ポルトガル、ドイツ、アイルランド
オーストリア、ベルギー、オランダ、ソ連、ルーマニア、アメリカ、ブラジル、
アルゼンチン
日本での出演歴 「椿姫」1968年、1977年、1982年、1984年
「蝶々夫人」1973年、1981年1984年
「ドン・カルロ」1979年
「道化師」1980年
「ラ・ボエーム」1980年
「真珠取り」1980年
「香姫」1981年
「トスカ」1983年、1984年
「イリス」1985年
「黒船」1986年
「妖精ヴィリー」1986年
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<日本人ソプラノ歌手>
音楽家人名事典によって、「東敦子」さんに至る日本のソプラノ歌手の歴史を覗いてみますと、
次のようになっていました。明治年間の西洋音楽吸収時代から、約50年かかって、東さんのように
ヨーロッパ特にイタリアやドイツへ、出かけていってそのまま欧州の音楽世界で生きていける
ソプラノ歌手を送り出せる日本になりました。
明治生まれ 三浦環 柳兼子 原信子 関屋敏子 四谷文子 長門美保
大正生まれ 三宅春江 大谷洌子 砂原美智子
昭和(戦前)生まれ 伊藤京子 樋本栄 中沢桂 今井久仁恵 東敦子
戦後活躍しているソプラノ歌手の代表選手を「名演奏家事典」(音楽之友社)(昭和57年3月版)
より抽出しますと、次の6名が昭和10年代生まれで、目覚ましい活躍をしている女流歌手として
挙げられています。
長野羊奈子(1933)東敦子(1936)河原洋子(1939)
松本美和子(1941)林康子(1943)伊原直子(1945)
いずれも欧州に留学し、各種のコンクールに好成績をあげ、目覚ましい活躍をしました。
因みに西欧人から見た活躍している日本女流音楽家のリストは、次のようになっています。
(「ラルース世界音楽辞典」遠山一行、海老原敏編集(福武書店)(1989年版))
歌手では、 東敦子、関屋敏子、林康子、原信子、三浦環、三宅春江、柳兼子、
器楽演奏者では、安藤幸、小野アンナ、幸田延、諏訪根自子、中村紘子、野坂惠子、安川加寿子
作曲家では、 塩見枝子、原嘉寿子、堀悦子、増本伎共子、
東敦子さんと林康子さんの二人が、昭和生まれの代表的な国際的ソプラノ歌手として
評価されていることが分かります。
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<関連音楽家あれこれ>
東さんの自伝の中で、師事した方々あるいは関係した歌手として、ジュリア・テス・アルマーニ、
レナータ・テバルディ、リチャード・タッカー、ルチアーノ・パヴァロッティの諸氏を挙げています。
何れも著名な歌手ですが、ここでは、タッカー氏の略歴を追ってみました。
リチャード・タッカー(Richard Tucker)
(1913.8.20ニューヨーク・ブルックリン生まれ〜1975.1.8 没。)
本名:ルーベン・ティッカー
6歳 ニューヨークのユダヤ教会聖歌隊にはいる。
17歳 ポール・アルザウスに師事。
1936年 ジャン・ピアースの妹サラと結婚。
1939年 ニューヨークタウンホールで、デビュー。
1944年 メトロポリタン歌劇場のオーディションに合格。
1947年 ヴェローナ・アレーナ野外劇場に初のアメリカ人出演。
1949年 NBCテレビ「アイーダ」にトスカニーニに認められて出演。
1955年 ミラノスカラ座他で活動開始。
1957年 来日。
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平成15年5月10日 ***編集責任・錦生如雪***
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