ヴァイオリンとヴァイオリン音楽



第一楽章 ヴァイオリンの歴史


(Mr。ビーハイブ楽師の話題メモ帳)

(その7)ヴァイオリン名工

(4) <スタイナーとテストーレ>

<スタイナー>

 ヤコブ・スタイナー(1621〜1683)「Jacob Stainer」について、筆者は昔、シュタイネルと 教わった。
スタイナーはドイツのチロル地方のアブサムという町の鉱山労働者(岩塩採掘)の一家であったと 云われている。
 音楽教育はハレの少年合唱団で教育を受けている。

 ヴァイオリン(以下、Vn)の製作者の生没年はどうもはっきりしない人物が多く、スタイナーも 例外ではない。冒頭に生年を1621年としたが、1617年に生まれたという説もある。没年についても 1683年としたが、一説によると100才まで生き延びたと云う説もある。
 彼は独学でVnの製法を学んでアマティと並ぶ名器を作り出したと云われているが、実際には誰かから Vn製作の秘技を学んだのではないかと考えられている。
 然しよく分かっておらず、恐らくヒエロニムス・アマティか、その兄のアントニオ・アマティに 学んだのではないかと思われる。

 ヤコブ・スタイナーの名器は表板の盛り上がりが大きく、パーフリングはクレモナのVnに比べると エッジ近くに埋め込まれている。スタイナーの特徴で目立つものはf字孔であり、上下の円形の部分は 真円(半円)に作られており、f字孔を見ただけでもスタイナーのものと分かると云う。
 そしてVn全体が非常にきれいに仕上げられている。

 音質は極めてよく、非常に艶のあるフルートに似た音質であったと云われている。レスポンスも 申し分のないものであり、スタイナーのデリケートで、しかも艶やかな音色は宮廷音楽家にもて はやされ、彼の死後はストラディヴァリの4倍の価格で取引されたと云われる。

 彼は数奇な人生を歩んだ人である。子供が多かった為に経済的に非常に苦境に立ち、加えて異教徒で あるルーテル派の書物を持っていたと云う事で4ヶ月間投獄されたが、その後彼はVnの製作意欲は全く 無くなり、鬱病にかかり、とうとう発狂したと伝えられている。

 彼は弟子をとらなかった為にこれ程の名器も彼一代で終わってしまった。
 ただ彼の弟にマルクス・スタイナーと言う弟がおり(1647年生)、やはりアブサムで兄に似た 美しいVnを作っていたと言う 。スタイナーのVnは先述した様に、ストラディヴァリに匹敵する名器であっただけに、彼の死後 各地で多くのコピーが作り続けられた。

<テストーレ>

 テストーレもVn製作の一族であるが、その一族の頂点にあるのは、カルロ・ジュセッペ・テストーレ (Carlo Giuseppe Testore:1665〜1737:イタリア・ノバラ生)である。
彼はジョバンニ・バティスタ・グランティーノ及びジョフレット・カッパの弟子であり、1687年に ミラノで仕事を始めている。

 彼のVnは木目は余り良くないが音響的には優れた材料を使っており、演奏会用には優れた性質を 持っていた。然しニスは余り見栄えのするものではなく、Vn商のヒル商会からは、余り高い評価は されていなかった。

 筆者のVnのラベルにはCarlo Testore me Fecil Cremona del anno16とあり、テストーレ  モデルの模造品であろうと考えている。


平成14年5月16日  ***編集責任・錦生如雪***


ご感想は、E−mail先 までお寄せ下さい。
音楽よもやま談義のフロントページ を開く。
ハフナ音楽談話室の目次ページ を開く。