ヴァイオリンとヴァイオリン音楽



第二楽章 ヴァイオリン解体新書


(Mr。ビーハイブ楽師の話題メモ帳)

(その2)弦

 ここではヴァイオリン(以下Vn)の各部の名称とその役割及び問題点等を参考資料の図面を参照して 説明する。(注)「ヴァイオリンを読む本」(ヤマハムジックメディア社)

17.弦(String)
(イ)弦の誕生
 人類の起源以来、音楽と生活は密接な関係を持っていたと考えられるが、発音方法も 次のように様々である。
     1:打楽器  2:撥弦楽器 3:気鳴楽器 4:擦弦楽器
この中で最も早く出現したのは単純な打楽器と思われるが、ものを叩いて音を出すと いうのは最もプリミティヴなものであり、部族間の連絡等にも使われたであろうし、 等拍のリズムの連続はシャーマンが人をトランス状態へ導く格好の方法でもあったと 思われる。
この様な様々な発音楽器の中で、連続して音が鳴らせるというのは、吹鳴楽器「笛」と 擦弦楽器である。流れるような旋律が奏でられたであろうと思われる。
しかし、ものを擦って音を出す媒体である弦は何で作られたものであるのかは明確では ない。恐らく植物の繊維質の部分を捻り合わせて弦を作ったものであろうと推定される。

Vnは16世紀頃に完成したものであるが、その時点ではすでにガット弦が使われていた。 それまではうまく鳴ってくれる弦を模索していたと思われるが、人間は時には残酷な 発想をし、その発露として羊の小腸からガットが作りだされた。羊の腸は、その他にも ソーセージの皮、テニスのガットにも使われている。
しかしながら、このガットの醸し出す音は実に優美なものであった。加えてVn独特の 人声に近い豊かな表現力を醸し出すのは、ガット弦特有のしなやかさにあるものと思わ れる。ガット弦の製法については、専門書に委ねる事としてここではごく概略を述べるに 止める。羊の腸は約18mあると云うが、そのうちガット弦に使われるのは7m位であると 云われている。小腸の外皮と内壁の不純物を取り除いた強靱な繊維質の部分を細く切り 裂いて繊維を作り、それを捻り合わせて弦を作るが、低音部に使う太い弦は繊維の数が 多く太くなる。

この様に優美な音を醸し出すガット弦にも多くの欠点がある。そのうちの2〜3点を 挙げてみると次の通りである。

   (1)弦が伸びやすい為に、音程がすぐに狂ってしまう。
     特に新しい弦を使った場合には、それが顕著に現れる。。
  (2)湿りやすい。ガットは所謂生ものであるので、吸湿をする。
     従って湿度が高いと伸びて音が下がり、乾燥すると収縮するといった
          具合である。特に日本の梅雨期などは大変厄介なものである。
        しかもVn初期の様に全弦がガットである場合は尚更である。
    (3)傷みが激しい。Vnを演奏する際、左手の指で弦を指板に押しつけて
          音を出すが、摩耗して太さが変わってしまう。また弦で擦る部分も、
          ささくれ立ってしまうと言った具合である、など。

(ロ)各種の弦
その後種々改良されスティール線の上にアルミ・銅線(銀メッキ)を巻いたものや ガット芯線の上にアルミ・銅線・あるいは銀線の細線を巻き付けたものが登場した。
これらの巻線を巻く事によって 汗による腐食や摩耗を防ぐばかりでは無く、弦の 比重を大きくして、低音も大きく出ると言う利点があり、倍音も正しくとれる為、弾き 心地も飛躍的に向上した。然し現在ではガット芯に巻き線を施したものも少なくなり、 世界でも2〜3社しか作っていないのが現状である。
変わり種の弦として絹糸の弦があった。東洋の三味線や箏はすべて絹糸の弦が使われ ていたが、西洋でもVnの弦として一時期使われていたようである。
 絹はガットに比べて湿度に強く、耐久性があると言う点でまずフィードラーに使われ たそうであるが、フランスではかなりの工夫がされ、ピッチが狂わない様な弦がVnに 使われていたようである。然し現在では絹の弦は全く見られない。

 20世紀に入ると科学技術の発達と共に有機化学も非常に発達し、デュポン社でナイロン が開発された。このナイロンは細くても非常に強度があり、やがて楽器の弦にも使用 されるようになった。このナイロン弦は強度、耐久性、音質、値段のいずれをとっても ガット弦を凌ぐものであり、撥弦楽器の弦はすべてナイロンに取って代わられたが、 擦弦楽器では全く使用出来ないことが判った。ナイロン弦の表面は滑らかであり、弓が 上滑りして音が鳴ってくれないからである。
 然しこの強度の強いナイロン弦に前記の様な巻き線を施すことによって極めて優れた 弦が出現した。前記のガット弦が殆ど作られなくなったのはこのナイロン弦の出現による ものである。

(ハ)各種の弦の特徴
    スティール弦:安価で、丈夫に出来ているので初心者に向いている。矢張り
                  金属弦であるだけに丸みに欠けた音はするが、張りのある
                  音がする。
    ガット弦(巻線):強い音が出るので、演奏会用に適した弦であるが、現在
                  ではナイロン弦に変わりつゝある。
    ナイロン弦(巻線):ガット弦と同様の音がするが、ナイロン弦だけに価格は
                  リーズナブルである。

(二)弓毛について。
弦楽器の弓に使用される弓毛は、馬の尻尾の毛、それも白馬か葦毛の馬の毛 (Horse Hair)が使用される。
 参考図に示したように、馬の尻尾の毛も人間の頭髪と同じく、表面は平らでは なく、鱗状になっている(今風に云うならばキューティクル)。
然し、このキューティクルのある毛で弦を擦っても滑ってうまく音は鳴っては くれない。このキューティクルの部分に松脂を擦りつけることによって初めて、 弦とうまく摩擦して素晴らしい音が鳴ってくれるわけである。つまりこの キューティクルは松脂と非常になじみやすい性質を持っているわけである。
 Vnの弓毛には通常白馬か、あるいは葦毛の馬の尻尾の毛が使われるが、DBの 弓には黒馬の毛が使われることがある。
 弓毛は・アメリカ・カナダ産 (太くて鱗状のキューティクルが粗い)のものと、 蒙古産(細くてキューティクルが細かく、しなやかな性質を持っている)の 2種類が使われているようであるが、この両者の差がVn演奏の際の音質に大きな 影響を与えると言われている。(硬くて強い音と、柔らかくて艶やかな音の差) 従って蒙古産の方が優れていることは云うまでもなく、昔の名演奏家は殆ど細い 馬毛を使ったと云われている。
また、弾力もあり、しなやかな若い健康な馬のものが最上とされている様である。
 黒馬の毛を漂白すれば真っ白にはなるが、漂白するために毛が痛んでしまい 毛の弾力も無くなり、使用に耐えられない。

 筆者注:筆者がVnを始めた第二次大戦直後ではVnでも黒毛のものがあったが、 低級品として扱われていた。

(ホ)毛替えの時期
 弓毛も新しい間は音も荒々しいが、しばらく使っているうちに艶やかないゝ 音色になり、使いすぎると、毛のキューティクルが剥がれ、悪くなる。従って 適当な時期を見て張り替えの必要がある。普通の練習量・・・人により異なり 的確なことは言えないが、半年に一度、激しい練習をする専門家では3ヶ月に 一度位張り替えるのがベターであろうと考えられる。然しこれらは、あくまでも 目安であって、人により異なる。


各種の弓毛と馬尾
   (二)弦メーカー一例 とその種類
   1。ピラストロ(Pirastro)
         ・・・ドイツの弦製造会社で殆どのVn奏者が使っているものと
                        思われる。
    オリーブ(Oliv)・・・ガット芯
           :オリーブエンドの弦はガット芯に金を巻き付けたもので
                        あり、高価なものであるが、これも楽器との相性があり、
                        高価な弦を使ったからと言って必ずしもいゝ音が鳴って
                        くれるとは限らない。 従って良く吟味して使う事が
                        肝要である。
      オイドクサ(Eudoxa)・・・ガット芯
      シノクサ(Synoxa)・・・ナイロン芯
      アリコア(Aricore)・・・ナイロン芯
    クロムコア(Chromecor)・・・スティール芯

   その他の弦メーカーとしては、次のような弦会社が挙げられる。
  2.トマスティーク(オーストリア)
            ・ドミナント(Dominant)・・・ナイロン芯
            ・スピロコア(Spirocore)・・・スティール芯
  3.フィソマ(ドイツ)・・・ガット弦の製造では最も古い歴史を誇る。
  4.カプラン、スーパーセンシティブ(アメリカ)
   5.プリム(スエーデン)
   6.ヒル(イギリス・ヒル商会)
   7.コレルリ、アーカル(フランス)
   8.リンデン(日本)

  ********  ヴァイオリン弦に関する筆者覚え書き  ********

   筆者は随分昔、師匠にガット裸弦を頂き試してみた事があるが、音が狂って、
  手に負えず、困った事がある。
   第二次世界大戦中、辻吉之助氏が辻久子氏の為にピラストロの弦を買い込み、
  戦火を避けるために筒の中に封入し、庭の土中深く埋め込んで保管したことは、
  師匠から聞いた事がある。辻吉之助氏は必死の思いであったろうと思われる。
   劣った楽器に優れた弦を付けるより、優れた楽器に劣った弦を付ける方が、
  良い音がすると云われているが、要は良く響く楽器の方が影響力が大きい。
  したがって楽器に合った弦を選ぶことが大切である。

  ****** ヴァイオリン(Vn)は本当に不可思議な楽器である!******

         <編集子の添え書き>(チェロ奏者のガットに関する随筆を読んで)
  (引用著書:鈴木秀美「古楽器よ、さらば!」音楽之友社・2000年11月)

 「ガットと弦楽器」と題して、ガット弦に関する説明を次のように添加しています。
 「ガット弦とは、大雑把に言えば羊の腸を洗って細く切り、縒り合わせて干した
 ものである。
  本来日常生活の道具として、使われたものだと思うが、弦楽器というものが
 できてからは専らその弦として知られるようになった。テニスのラケットに使わ
 れるのも同じものである。ヴァイオリン属の楽器のみでなく、ヴィオル属も、
 リュートもギターも、またそのフレットにもガットが用いられた。ヨーロッパで
 弦楽器とは、いつもガットを張ったものを意味していた。19世紀に入って、
 より大きな音、強い音を求めて楽器が改造されても、ガットを用いることに
 変わりはなかった。」
 「・・・日本に於いても、欧米とほぼ同じ50年代後半には、ガットがスチールに
 取って代わられていった。・・・」
 「バロックは勿論、現在も多く演奏会で取り上げられる19世紀の、つまり
 古典派からロマン派・近代の音楽は全て、ガット弦を張った弦楽器を想定して
 書かれ、又演奏されたのである。・・・」

 つぎにガット弦とスチール弦の演奏感触を比較して、
 「同じ楽器にガットとスチールを張って比較してみると、先ずガットはざらっと
  した手触りで、音に雑音が多く含まれている。湿度その他の條件によっては
  指の滑りが悪く、左手の移動がしにくいし、音がひっくり返ることもある。
  対してスチールは音も手触りも大変滑らかで、発音がきつすぎたり、音が
  ひっくり返ってしまったりすることが少ない。
  またガットは、張力が弱く、弦の撓みを両手に感じられる程なので、弓の
  圧力や速さ・左手の押さえ方などで音程が変わりやすいが、スチールは張力の
  強さで、そういうことが少なく、より強い弓の圧力をもって奏することが
  出来る。」

  そして、ガット弦による音楽の演奏の味を次のように説明しています。
 「ガット弦の欠点や使いにくさのように聞こえる部分は、そのまま長所とも
  云える。
  *雑音が混じっていると言うこと 
   ・言い換えれば、暖かみがあると言うこと 
   ・人間の声にも近い 
   ・倍音の出方、つまりは音色の変化が多様だ
  *弦に撓みがあると言うこと
   ・それだけ音の形を多様に変化させられる
   ・張力が強すぎないことで、発音を明瞭に出来る
  *確かに音量は減るが
   ・音量が大きいと言うことが即ち優れたこととは限らず
   ・どれだけ幅があるかということのほうが重要
   ・最弱音がより小さければ、強音は相対的により強いことになり、
   ・音楽的表現の幅は大きい」

  一方、スチール弦での演奏には、次の特徴が出てくるとしています。
  *強音を得るのが易しい代わりに弱音域は減る
  *かそけき息づかい・陰影といった表情を出すことが困難
  *発音が重く、音を減衰させることがむづかしい
  *技術もガット弦より変化するし、表現の仕方もガット弦と違ったものになる

 実際に、ガット弦とスチール弦を十分使いこなした経験からの言及でしょうから、
興味ある解説と言うべきでしょう。

平成14年7月19日(追記)  ***編集責任・錦生如雪***


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