********** <以下の前書きは、第3楽章に同じ> ***********
18世紀末から19世紀中葉にかけて、ヴァイオリン(以下Vn)奏法を開拓した人物としては
前項で述べたように、ヴァレンティーノ、タルティーニ、ロカテルリ等がおり、彼らによって
Vn奏法については、ほゞ開拓され尽くしたが、さらにパガニーニの出現によって頂点に達する。
然し19世紀中葉からから20世紀初頭には、それらの卓越した技法を引き継ぐと共に、さらには
聴衆に音楽を情緒豊かに訴えかけて来るようなヴィルトゥオーゾが多く輩出した。
こゝで録音技術の発明について、少し触れておきたい。
エジソンが録音技術を発明したのは1877年である。当時は蝋管(シリンダー)録音と言って
蝋あるいは錫のシリンダーに音を刻み込んでいくと言うごく幼稚なものである上に、複製が
出来なかった。
その欠点を補うために、1887年には複製が容易な平円盤に録音するグラモフォンが開発された。
そして演奏家が音楽を吹き込む様になるのは、その翌年の1889年頃からで、ブラームスが
録音したと伝えられている。
20世紀に入るとグラモフォン社、タイプライター社、パテ社、コロンビア社、ビクター社の
初期のレコード会社が競って音楽家に吹き込ませる様になった。
本項に出てくるヨアヒムはハンガリー舞曲を、サラサーテはチゴイネルワイゼンなどを録音している。
筆者はチゴイネルワイゼンは聴いたことはあるが、ヨアヒムについては寡聞にして聴いていない。
この頃の音質はまだまだ聞きものにはならないが、当時の演奏の状況を垣間見ることが出来るので
貴重な資料と思われる。
思い返してみると、エジソンがもう少し早く生まれていたならば、歴史上の大音楽家の演奏を
垣間見る事が出来たのにと思うと、歴史の流れとは言うものの、やや残念な気がする。
*********** 以下、その他のヴィトゥオーゾ一覧表 ***********
前章までのVirtuoso以外の名演奏家は、次の表の通りである。(表中のVnは、ヴァイオリンの略称)
| 氏名 生没年・出生地 | ヴェラチーニ、フランチェスコ マリア Veracini、 Francesco Maria (1690〜1768)イタリア |
|---|---|
| 出身音楽院・師事 | カリッシーニ、ガスパリーニに師事。 | 育てた門下生 | ーーー |
| トピックス |
18世紀イタリア派の巨匠、広く楽旅、その名技はタルティーニに 影響を与えた。イタリア・オペラ座Vnソロ奏者、1717〜1720年 ドレスデン宮廷のソロ奏者。作曲多数あり。エキセントリックな 人物と言われている。 |
| 氏名 生没年・出生地 | ルクレール、ジャン=マリ Leclair、Jean-Marie (1697〜1764)フランス |
| 出身音楽院・師事 | ソミスに師事。 | 育てた門下生 | ーーー |
| トピックス |
舞踏家であったが、ソミスに教えを受けVn奏者となる。 コンセール・スピリッテュエルの奏者、パリで教師と作曲をしながら オランダ、スペインへ楽旅、パイヤールにより、彼の曲が復活。 |
| 氏名 生没年・出生地 | バイヨー、ピエール Baillot、Pierre (1771〜1842)フランス |
| 出身音楽院・師事 | ポラーニに師事、パリ音楽院で作曲をケルビーニ師事。 | 育てた門下生 | パリ音楽院教授、アベネック、ダンクラ、ベリオを輩出。 |
| トピックス |
パリ音楽院で47年に亘り教授を務めた。その他ナポレオンの私的な オーケストラやオペラ座のVn奏者もしたが、ロード、クロイツェルと 共に当時の三羽烏と言われていた。 |
| 氏名 生没年・出生地 | エック、フランツ Eck、Franz (1774〜1804)ドイツ |
| 出身音楽院・師事 | ーーー | 育てた門下生 | シュポアを輩出。 |
| トピックス | ーーー |
| 氏名 生没年・出生地 | マサール、ヨセフ Massart、Joseph Lambert (1811〜1892)ベルギー |
| 出身音楽院・師事 | パリ音楽院でクロイッツエルに師事。 | 育てた門下生 |
パリ音楽院教授、オンドリチェク、トゥア、ヴィエニアウスキー、 クライスラー、マルシック、ティリンデッリを輩出。 |
| トピックス |
マサールはリエージュでデビューした後、パリ音楽院で学ぼうと したが、拒否される。当時は外国人の入学は認められていなかった。 然しクロイツェルは彼を気に入り指導した。1843年には皮肉にも パリ音楽院の教授になり、47年間その職にあった。 |
| 氏名 生没年・出生地 | バッツィーニ、アントニオ Bazzini、Antonio (1818〜1897)イタリア |
| 出身音楽院・師事 | ーーー | 育てた門下生 | ミラノ音楽院作曲家教授、同院院長 (カタラーニ、マスカーニ、プッチーニなど) |
| トピックス |
1835年イタリア楽旅中のパガニーニに認められ、演奏家として名を 馳せる。優れたVn小品の名曲を遺す。 |
| 氏名 生没年・出生地 | マルシック、マルタン Marsick、Martin-Pierre-Joseph (1848〜1924)ベルギー |
| 出身音楽院・師事 |
リエージュ音楽院・ヒンベルク、ブリュッセル音楽院・レオナール、 パリ音楽院・マサール、ベルリンでヨアヒムに師事 | 育てた門下生 | パリ音楽院教授、フレッシュ、エネスコ、ティボーを輩出。 |
| トピックス |
パリでデビュー1877年弦楽四重奏団結成、1884年ピアノトリオ結成。 Vn協奏曲、室内楽曲などの作品を遺す。 |
| 氏名 生没年・出生地 | ブロドスキー、アドルフ Brodsky、Adolf (1851〜1929)ロシア |
| 出身音楽院・師事 | ウイーン音楽院でヘルメスベルガーに師事。 | 育てた門下生 |
ライプティヒ音楽院、マンチェスタ音楽院で教鞭を執る。 アーサー、カッテラル等の優れたVn奏者を輩出。 |
| トピックス |
1881年ハンス・リヒター指揮ウイーンフィルとチャイコフスキーの Vn協奏曲を初演したのは有名(アウアーが拒否したもの)。 1892年ノルウエー王室より叙勲、1902年ヴィクトリア大学より 博士号授与。 |
| 氏名 生没年・出生地 | ヘルメスベルガー、ヨーゼフ Hellmesberger,Joseph (1855〜1907)オーストリア |
| 出身音楽院・師事 | ーーー | 育てた門下生 | ウイーン音楽院教授、ドルドラ、エネスコ |
| トピックス |
帝室管弦楽団の独奏者、オペラやバレーの指揮、父の後を継いで ヘルメスベルガー弦楽四重奏団を主宰。Vn一家。 |
| 氏名 生没年・出生地 | ドルドラ、フランツ Drdla、Franz (1869〜1944)チェコ |
| 出身音楽院・師事 |
プラハ音楽院でVnをベネヴィッツ、作曲をフェルスターに 師事、ウイーン音楽院でVnをヘルメスベルガー、作曲を クレンとブルックナーに師事。 | 育てた門下生 | ーーー |
| トピックス |
ウイーン宮廷オペラ楽団のVn奏者、1894テアター・アン・デア・ ウイーンのコンサートマスター、ヨーロッパ・アメリカ各地を楽旅、 作品を多く遺した。「思い出」は今日でもよく演奏。 |
| 氏名 生没年・出生地 | クーベリック、ヤン Kubelic、Jan (1880〜1940)チェコ |
| 出身音楽院・師事 | プラハ音楽院でシェフチィークに師事。 | 育てた門下生 | ーーー |
| トピックス |
1898年デビュー、アメリカに楽旅、ヴィルトゥオーゾとして 名声を挙げ、ロンドンでベートーヴェン賞受賞、Vn協奏曲等の 作品も遺している。ラファエル・クーベリックの父親。 |
| 氏名 生没年・出生地 | ブルメスター、ウイリー Burmester、Willy (1869〜1933)ドイツ(ハンブルグ) |
| 出身音楽院・師事 | 父親に師事、後にヨアヒムに師事、サラサーテ師にも助言を得る。 | 育てた門下生 | ーーー |
| トピックス |
ヨアヒムに師事したが、酷評される。然しサラサーテの助けに より、リスボンへ行く。更にヘルシンキでカヤーヌスのコンサート マスター、密かにパガニーニの曲を練習、ベルリンでパガニーニの 夕を開催、大センセーションを巻き起こした。大正13年(1923) 来日。 |
| 氏名 生没年・出生地 | エネスコ、ジョルジュ Enesco、Georges (1881〜1955)ルーマニア |
| 出身音楽院・師事 |
ウイーン音楽院でヘルメスベルガー、パリ音楽院で マルシックに師事。作曲をマスネー、フォーレに師事。 | 育てた門下生 |
メニューインを育てる。、他にハスキル、リパッティを 指導して大成させた。 |
| トピックス |
メニューインを育てたことで有名であるが、作品も多く遺して いる。演奏はバッハを最も得意としていた。 |
| 氏名 生没年・出生地 | パーシンガー、ルイス Persinger、Louis (1887〜1966)アメリカ |
| 出身音楽院・師事 |
ライプツィヒ音楽院でハンス・ベッカーに、イザイ、 ティボーにも師事。ピアノをベビングに、指揮を ニキッシュに師事。 | 育てた門下生 | クリーヴランド音楽院、ジュリアード音楽院教授。 メニューイン、ルッジエロリッチ。 |
| トピックス |
ニキッシュの招きで1914〜15年ベルリンフィルのコンサート マスター。1917年自身の弦楽四重奏団を結成。サンフランシスコ 室内楽協会を主宰。 |
| 氏名 生没年・出生地 | サモンズ、アルバート Sammons、Albert (1886〜1957)イギリス |
| 出身音楽院・師事 |
父と兄から手ほどき、ジョン・サウンダーとフレデリック・ ウエイスト・ヒルに30回レッスンを受けるほか、殆ど独学。 | 育てた門下生 | 王立音楽院教授。 |
| トピックス |
殆ど独学であったが、トーマス・ビーチャムの前でメンデルス ゾーンのVn協奏曲を弾いて気に入られ、トーマス・ビーチャムの 新しい交響楽団のコンサートマスターとなる。 |
| 氏名 生没年・出生地 | モギレフスキー、アレキサンダー Mogilevsky、Alexander (1885〜1953)ロシア |
| 出身音楽院・師事 |
G・フマリン、V・サーリンに師事、モスクワ帝立音楽院で ソコロフスキーとグルジマリに師事、他にアウアーにも学ぶ。 | 育てた門下生 |
モスクワ音楽院教授、東京音楽学校、国立音楽学校で教鞭。 諏訪根自子を始め、日本のVn教育に計り知れないほどの貢献。 |
| トピックス |
モギレフスキー弦楽四重奏団を作ったが、革命で駄目になり、 ストラデイヴァリ・カルテットに入る。独奏もラフマニノフ、 スクリアビン、ランドフスカ等と共演。 |
| 氏名 生没年・出生地 | スポルディング,アルバート Spalding、Albert Yakovlevich (1888〜1953)アメリカ |
| 出身音楽院・師事 |
ボローニャ音楽院、パリ音楽院。キーティ、ブイターゴに 学ぶ。ルフォールに2年間作曲法、対位法を師事。 | 育てた門下生 | ーーー |
| トピックス |
1904年サンサーンスのVn協奏曲No。3でパリデビュー、 アメリカに戻りカーネギーホールデビュ ー、ヨーロッパ各地を 楽旅、1920年から年100〜120回の演奏会をこなす。 |
| 氏名 生没年・出生地 | ザイデル、トッシャ Seidel、Toscha (1899〜1962)ロシア |
| 出身音楽院・師事 | アウアー | 育てた門下生 | ーーー |
| トピックス |
アウアーから「常にVnを弾いてはいけない、Vnは歌わなくては ならない」と教えられ、彼は実践した。イギリス楽旅の際、 最盛期のクライスラーでさえ、ブラームスの協奏曲をこれ程 暖かく生き生きと情熱的に弾きはしなかった、と激賞されている。 |
(注)他にも、数え切れない程の名演奏家、教育家がいるが、筆者の独断で割愛した。 *********** ヴァイオリン(Vn)は本当に不可思議な楽器である!*******