ヴァイオリンとヴァイオリン音楽



第三楽章 ヴァイオリニスト


(Mr。ビーハイブ楽師の話題メモ帳)

(その10)20世紀中葉から現在

20世紀中葉から現在活躍しているVn奏者達(続き)

 
<目   次>
<ズーカーマン><デュメイ>
<ムローヴァ><ムター>

(6)ズーカーマン、ピンカス(Zukerman、Pinchaus)
ズーカーマン
(1948〜 )イスラエル生まれ

 ズーカーマンはポーランド人の両親の許でイスラエルのテルアビブに生まれた。
7才の時、父親からヴァイオリン(以下、Vn)の手ほどきを受け、翌年8才の時(1956年)にテルアビブ音楽院に 入学して、本格的な勉強を始める。

   1961年13才の時にイスラエル音楽祭に出演してVnを弾いたが、その時同音楽祭に招待されて いたカザルス(Vc)とスターンがその演奏を聴いて彼の才能に驚き、彼にジュリアード音楽院に 入学させた。そして名教師のガラミアンに師事して、めきめきと腕を上げて成長した。

 チョン・キョン・ファの項でも触れたが、カーネギーホールで開かれたレーヴェントリット 国際コンクールに出演した時、同門のチョン・キョン・ファと競ったが優劣がつかず、 コンクールとしては異例の事ながら再演奏をする事になった。
 然しそれでも決着がつかず、結局は2人で優勝を分け合う事となった。

 1969年スターンの代役で、バーンスタイン指揮、ニューヨークフィルとメンデルスゾーンの Vn協奏曲を演奏して、大成功を収めた。
 ズーカーマンは矢張りカーネギーホールでバレンボイム指揮イギリス室内管弦楽団と共演した のをきっかけに、バレンボイムと深い友情の絆で結ばれることとなり、屡々演奏会並びに レコーディングを行っている。

 ズーカーマンはVaも器用にこなす能力を持っており、屡々Vaに持ち替えて演奏をしている。  また同郷同門のパールマンとは親友であり、バッハのドッペルコンチェルトのレコーディングも している。
 ズーカーマンの演奏は、豊かな音色で美しい音が特徴であり、しかも情緒たっぷりに歌い 上げるのはパールマンに劣るものでは無いが、パールマンに比べてやや地味に感じられ、常に パールマンの陰に隠れている面があるが、筆者は彼のしっとりとした歌い口に感動しており、 パールマンと並び称せられて然るべきVn奏者と感じている。

 最近はオーケストラの指揮も手がけている様であるが,五嶋みどりの後見役の様な事もやり、 彼女の信頼が厚いと同様に、彼は五嶋みどりの才能を最も信じる指導者でもある。
 

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(7)デュメイ、オーギュスタン(Dumay、Augustin)
デュメイ
(1949〜 )フランス生まれ

 デュメイは3才からVnを始めて10才でパリ音楽院に入り、早くも13才で全課程を修了して、 卒業したと言う。その後すぐさま演奏会を開いてデビューている。
 14才から4年間グリュミオーの許で学んだが、その間に得たものは筆舌に尽くせないと 本人が語っている。

 18才の時から本格的な演奏活動に入り、西欧諸国で着々と成功を重ね、1975年にはジョルジュ・ エネスコ賞を受賞している。
 20世紀中葉に活躍したヴィルトゥオーゾの多くは国際コンクールを経て活躍しているが、彼の場合は コンクール歴は無しに着実に地歩を固め、Vn界の第一線で活躍している比較的稀なVn奏者の一人である。

 4才年長のカントロフや同年のピアニスト、アモワイヤルに伍して目下フランスを代表する 中堅Vn奏者である。現在演奏活動とは別に、母校のパリ音楽院で後進の指導をしている。

 彼の演奏はグリュミオーの薫陶もあって、素晴らしい美音の持ち主であるが,音楽表現について、 天性とも言うべき才能を持っており、豊かな音楽を奏でる音楽家である。彼のレパートリーは、 バッハからバルトークまでと広いが、特定の作曲家の演奏のスペシャリストと言われるのを嫌っている、 ・・・とはいい乍らも、柔軟で色彩豊かなフランスもののエスプリに富んだ曲の演奏は特に洗練された 力を発揮している様に感じられる。
 また彼は「フランチェスカッティの後継者」とも言われている。

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(8)ムローヴァ、ヴィクトリア(Mullova、Victoria)
ムローヴァ
(生年不詳)〜ロシア生

 女性の場合は生年が分からない事が多い、ムローヴァもその例外ではない。彼女はモスクワの 中央大学を経て、モスクワ音楽院に入学してコーガンに師事している。
 1980年以前の事はよく分からないが、1981年頃より国際的に注目され始めた。

 まず1980にシベリウス国際音楽コンクールに優勝、1982年にはチャイコフスキーコンクールで 優勝したことにより一躍世界的なVn奏者としての仲間入りを果たした。
 そして1993年にフィンランドを楽旅中にアメリカへの亡命を表明してアメリカへ渡った。その際 一緒に亡命した指揮者のワトー・ジョルダーノ氏やロストロポーヴィッチ氏と亡命会見をして、 国際的な話題になった。ムローヴァは芸術的欲求を発揮できないソ連邦の極めて拘束された政治的、 社会的風土から逃れたのである。

 日本には既に9回程度来ているとのことであり、世界的に相当なキャリアを積んでいるだけに、 専門家の間ではかなり高い評価がなされていた様であるが、一般的なリスナーには意外と人気度が 低いと言われている。
 美人で、長身ですらっとした彼女の腕は長く、演奏スタイルはよく、運弓も歯切れがよいのに 何故なのか。!

 それは彼女の性格によるものではないかとも言われている。実に生真面目で、融通が利かず、 取っつきも良くないとの事である。例えば質問の受け答え一つをとってもYES、NOとしか答えず、 笑顔もないと言う状況であったらしく、恐らくそう言った性格的な事が演奏に反映している為では ないかと思われる。従って初期の頃の演奏を聴くと、実に正確であり、すごい演奏をする一面 やや怜悧な演奏と感じられる面があった。

 その彼女がここ数年で大変身を遂げたと色んな方面から指摘されている。今までのライナーノートに しても、彼女の笑顔の写真はついぞお目に掛かったことは無いが、最近のものは長かった髪も ばっさりと切り、笑顔の写真になっている。そして外見だけでは無く、音楽的内容も全くの変貌を 遂げている。これは何がそうさせたのかは分からない。ただ、数年前にポピュラー音楽の演奏家と 組んで「鏡の国のアリス」と言うアルバムを出しており、またピアソラの音楽に対してもかなり 接近をする等、ジャンルの垣根を越えた動きを見せている。

 ただ、彼女の場合は最近はやりのイージーリスニングを目指したものでは無く、その後バッハの 無伴奏パルティータ、バルトークの無伴奏Vnソナタ、ブラームスのソナタに挑戦する等、積極的な 活動を続けている。いわばポピュラー音楽とのセッションが、一つのカンフル剤的役目を果たした のでは無いかとも思われる。

 筆者は今17年前に小澤征爾と共演したチャイコフスキー、シベリウスのVn協奏曲、10年前の来日時、 アバドBPO(ベルリン・フィルハーモニー・管弦楽団)と共演したブラームスのVn協奏曲(ライヴ録音) と今年(2002年8月)リリースされたモーツアルトのVn協奏曲No1,3,4(ムローヴァ指揮とVn独奏、 エイジ・オブ・インライトゥンメント管弦楽団・・・ムローヴァが初めて挑戦した古楽器オーケストラ) の演奏を聞き比べながら書いているが、以前のムローヴァとは全く違った、暖かで、しなやかな演奏が そこにはある。何という変貌振りであろうか。

 彼女のVn奏者としての評価は今後益々確固たるものに違いないと思われる。

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(9)ムター、アンネ=ゾフィー(Mutter、Anne-Sophie)
ムター
(1963〜 )スイス生まれ

 ムターはスイスのラインフェルデンで生まれた。5才の時にピアノを学び始めたが、6才の時Vnに 転向、フレッシュの弟子であったエルナ・ホーニッヒべルガーに師事した。そして数ヶ月の勉強で 早くもドイツ連邦共和国青年音楽コンクールで、第一次特別賞を獲得、1974年(11才)の時に ヴィンタートゥール音楽院で、矢張りフレッシュ門下であったアイダ・シュトゥッキに師事して 研鑽を重ねた。

 1967年13才の時ルツェルン音楽祭出演の際カラヤンに見出されて、間もなくベルリンに招かれて 演奏、翌77年にはザッルツブルグにおける聖霊降誕祭音楽フェスティヴァル並びにザルツブルグ 音楽祭に出演して大センセイションを巻き起こした。
 1978年にもザルツブルグ音楽祭に出演したほかベルリンフィルと共演して、着実に足元を固めた。

 この様にしてカラヤンの庇護の許に育ったムターは、一時期カラヤンの呪縛から解き放たれなければ 進歩はないと言われてきた。カラヤンもそのことはよく心得ていて、彼女との共演を出来るだけ少なく しようと話し合っていたが、図らずもカラヤンの死によって、解放される結果となった。
 然し多くの人はそう言うが、彼女がカラヤンから受けた影響は、決して悪いものでは無く、彼女の 成長に大きく役立った事は間違いがない。

 従って敢えて言うならば、彼女はフレッシュ→エルナ・ホーニッヒベルガー→アイダ・シュトゥッキ →カラヤンと、いわばサラブレッドの道を歩んできたことになり、彼女自身も私はフレッシュ直系の門下で あると自負をしている。

 しかしながら、呪縛から解き放たれた名手ムターは試行錯誤を重ね、自己の主張を前面に押し出す 様な演奏をしてきたが、必ずしも一般に受け入れてもらえない面があった。然し彼女もいつの間にか 40才になり円熟味を増してきた事も事実である。

 2002年11月にリリースしたベートーヴェンのVn協奏曲は、1979年にカラヤンと録音した同曲の演奏を 比較してみると、細やかなアゴーギク、デュナミークを駆使して瑞々しい情景を湛え乍らも、気負う 事のない見事な演奏を繰り広げている。 彼女の将来を期待したい。
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  *********** ヴァイオリン(Vn)は本当に不可思議な楽器である!*******

               次回も20中葉から現在活躍中のVn奏者達です
                     (ご期待下さい)

平成14年11月20日  ***編集責任・錦生如雪***


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