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ヴァイオリンとヴァイオリン音楽



第三楽章 ヴァイオリニスト


(Mr。ビーハイブ楽師の話題メモ帳)

(その13)その他の名ヴァイオリニスト

その他の名Vn(ヴァイオリン)奏者達(ミニ・バイオグラフィ)(その3)


生年順に「ブロン」より「カメダ」まで、21名の名ヴァイオリン(以下、Vn)奏者を一覧表に記します。          
番号奏    者ミニ・バイオグラフィー
42ブロン、ザハール
(Bron,Zakhar)
1947〜 ロシア
オデッサの音楽学校に学んだ後、グネッシン音楽学校でポリス・ゴールドシュタインに師事。 その後ノボシビルスク音楽院教授。多くの優秀な演奏家を育てた。その一方で1971年に エリザベート王妃国際音楽コンクールに入賞、 演奏家としても活躍した。1989年より リューベック音楽大学教授。生徒からはワディム・レーピン、マキシム・ヴェンゲーロフ、 樫本大進、庄 司紗矢香らがおり、現代の名伯楽と言われている。
43フデチェック、ヴァーツラフ
(Hudecek、Vaclav)
1952〜 チェコ
6才で父親の手解きを受ける。1964年コチアンVnコンクール優勝。ロイヤル・フィルハーモニーと パガニーニの協奏曲を共演。それを聴いたD・オイストラフが彼の才能を評価し、弟子として 指導することを自ら申し出たと言う。プラハ音楽アカデミーでヴァーツラフ・スニーティルに、 モスクワではオイストラフに、ついでスイスでミルステインに師事。1972年には「プラハの春」で オイストラフ指揮のもとにチャイコフスキーのVn協奏曲を好演して大成功を収めた。 1973初来日。彼の演奏は繊細さと瑞々しさと、歌い回しのうまさに天性の資質を感じる。
44マルコヴィッチ、シルヴィア
(Marcovici、Silvia)
1952〜 ルーマニア
8才よりバカウの音楽学校でコフラーに師事。1962年及び1964年ルーマニアの学生芸術祭で1位と なる。その後ブカレストのチプリアン・ボルンベスク音楽院でシュテファン・ゲオルギウに師事。 1969年ロン・ティボー国際コンクールで一位無しの2位大賞を受ける。1970年エネスコ国際コンクール で優勝。1971年ロンドン交響楽団とロンドンでデビューし、成功を収める。
45ケネディ、ナイジェル
(Kennedy、Nigel)
1956〜 イギリス
6才でメニューイン主宰の英才教育学校の試験に合格。メニューイン学校にジャズVn奏者の ステファン・グラッペリが訪れたことから影響を受けて、グラッペリのコンサートツアーに参加。 メニューインはこれを容認したが、結局メニューイン学校は卒業出来なかった。その後15才で ジュリアード音楽院に入学し、ドロシー・ディレイに師事。1977年にムーティ指揮フィルハーモニア 管弦楽団と共演してデビューする。1980年にベルリンフィルと共演したほか、海外の色んな オーケストラと共演している。異色の演奏家。
46ミンツ、シュロモ
(Mintz、Shlomo)
1957〜 ロシア
イスラエルで育ち、ズーカーマンの師であるイローナ・フェヘルから学んだ。スターンは 彼の演奏を聴いて才能を認め、指導と激励をした。スタインバーグ指揮、ピッツバーグ交響楽団との 共演者としてカーネギー・ホールでデビューを飾った。その後ジュリアード音楽院で ドロシー・ディレイに師事して研鑽を積んだ。彼はコンクールの経験を経ず、1976年から ベルリン・フィルやウイーン・フィルと共演すると共に、ヨーロッパ各地に楽旅を行った。
47リン、チョー・リャン
(Lin、Cho-Liang)
1960〜 台湾
少年時代の一時期、オーストアリアに滞在していたが、母国台湾で5才の時からVnの才能を発揮し、 7才でデビュー。パールマンに指導を受ける。1975年ジュリアード音楽院のプレカレッジに入り、 ドロシー・ディレイに師事。タングルウッド、アスペン、シカゴグランドパーク、シアトル、 グランドティトン、ラ・ホーヤなどの夏期音楽祭に参加し、パールマン、ズーカーマンに学ぶ。  同年ソフィア王妃国際コンクールで優勝。フィラデルフィア、シンシナティ、ナショナル、 ピッツバーグ、モントリオールハーグ交響楽団と共演。現在ジュリアード音楽院教授。
48ソネンバーグ、ナージャ・サレルノ
(Sonnenberg、Nadja・Salerno)
1961〜 イタリア
ローマに生まれ、8才の時アメリカに移住、ジュリアード音楽院に入学、ドロシー・ディレイに 師事。1981年ナウムバーグ国際音楽コンクールで優勝。以後アメリカを中心に国際的に演奏活動を 展開。CD録音も多い。彼女の演奏は美しい音色を持ち、少しのフレーズも疎かにすることなく人の 心に食い込んでくるような演奏をする。
49ラカトシュ、ロビー
(Lakatos、Roby)
1965〜 ハンガリー
ハンガリー独自のジプシーVnの名門であるラカトシュ家に生まれた。父母や高名な奏者である シャーンドール・ラカトシュに学ぶ傍ら、ブダペスト音楽院に通ってクラシカルな技法と レパートリーを勉強して1984年に卒業した。そしてジプシーVnを中心とする楽団を結成、 1997年にエリザベス王妃国際コンクールが開かれたとき、メニューイン、イダ・ヘンデル、 アモワイヤルが審査員として来ていたが、彼の評判を聞き、彼の演奏を聴きに行き、魅了されて 賛意の言葉を惜しまなかったという。
50ツィンマーマン、フランク・ペーター
(Zimmerman、Frank・Peter)
1965 〜ドイツ
5才でVnを始め、5年後デュイスブルクで、ルイスブルグ管弦楽団とモーツァルトのVn協奏曲 No3を弾いてデビュー。1976年〜エッセンのフォルクヴァンク音楽大学でサシュコ・ガブリーロフに 1980年からアムステルダムのスヴェーリンク音楽院でヘルマン・クレバースに師事、世界各地で ソロ活動を展開しているが、レパートリーは広く、20世紀の音楽の解釈は高い評価を得ている。 1703年製ストラディヴァリウス「ドラゴネッティ」をドイツ銀行から貸与されている。
51テツラフ、クリスチャン
(Tetzlaff、Christian)
1966年〜 ドイツ
ハンブルクの音楽一家に生まれる。リューベックとシンシナティの音楽院で学ぶ。1988年 チェリビダッケ指揮のミュンヘン・フィルとのベルリン音楽祭でデビュー。またクリーヴランド 管弦楽団との共演でアメリカデビューで大成功を収める。以後ソロ活動を展開、ベルリンフィルを 始めとし、世界の一流オーケストラと共演。室内楽でも活躍し、21世紀をになう大器とも 評されている。
52ベル、ジョシュア
(Bell、Joshua)
1967〜 アメリカ
5才から鈴木メソッドでVnを始める。6才の時地元(ブルーミント市)のオーケストラと 初演奏。曲はバッハのドッペルコンチェルトであったが、もう一人のVnはなんと6才の ササキ・アヤさんという日本の少女であったと言う。11才の時ギンゴールドに認められ、 インディアナ大学付属音楽学校で師事する。他にミミ・ツワイグ、ガラミアン、シェリング、 ドロシー・ディレイに師事する。14才でムーティ指揮、フィラデルフィア・シンフォニー・オーケストラと 共演してモーツアルトのVn協奏曲を共演。17才でスラトキン指揮セントルイス・シンフォニー・ オーケストラとカーネギーホールデビューを果たし、同楽団の欧州楽旅に帯同する。 1986年エイヴリー・フィッシャー賞受賞。1990年初来日。
53ショルツ、カトリーン
(Scholz、Katrin)
1969〜 ドイツ
5才からポツダム音楽院でVnのレッスンを始め、ハンスアイスラー音楽大学に入学、 ウエルナーショルツに師事。後にスイスのベルン音楽院でイーゴル・オジムに師事。ドイツの マルクノイキルヘン国際器楽コンクールで2位。翌1988年ライプティッヒ・バッハ国際コンクール2位。 ドイツシェーンタルESTA・Vnコンクールで優勝。1991年ケルン・クーレンカンプ国際コンクールにも 優勝、その後ヨーロッパ各地で絶賛を浴びる。日本では日本国際音楽コンクール優勝記念演奏会を 行っている。ESTA・Vnコンクールで優勝の後に1989年の日本国際コンクールでは諏訪内晶子と 大接戦の末、優勝の栄冠を勝ち得たことは大きな話題になった。その後ヨーロッパの名門 オーケストラと協演を重ね、1995年にはベルリン室内管弦楽団の音楽監督に就任、多彩な活動を 展開中。これまで8回来日し、深い感情を湛えた演奏で、日本のファンにしたしまれている。 2005年の来日記念として「ベートーヴェンVn協奏曲、及びブルッフのVn協奏曲」をビクターから リリースを予定している。
54マイヤース、アン、アキコ
(Meyers、Ann・Akiko)
1971〜 アメリカ
アメリカ人と日本人の両親を持つ彼女は、4才の時からVnを始め、既に7才の時には カリフォルニアのデザート・コミュニティ管弦楽団と共演し可能性を高く評価され、奨学金を 受けジュリアード音楽院のドロシー・ディレイに師事する。アメリカの日本音楽コンクールや、 アメリカの弦楽器教師コンクールで優勝、その後ロスアンジェルス・シンフォニー・オーケストラや ニューヨーク・シンフォニー・オーケストラと共演した後、1989年にNHK交響楽団と共演して 本格的なデビューをした。彼女の音楽は、爽やかなリリシズムに溢れると共に若々しい表現の中にも、 既に成熟した音楽性を持ち合わせており、高く評価されている。
55レーピン、ヴァディム
(Repin、Vadim)
1971〜 ロシア
5才の時ナタリア・ガディアトゥーリーナに師事する。間もなくノボシビルスク音楽院児童 音楽学校で名教師ザハール・ブロンに師事した。11才の時ヴィエニアウスキー・ジュニアコンクールに 優勝。1988年17才でティボー=ヴァルガ・コンクールに優勝。1889年エリザベート王妃国際 コンクールで優勝。現在国際的に活躍している。ヴェンゲーロフや樫本大進の兄弟子に当たる。
56シャハム、ギル
(Shaham、Gil)
1971〜 イスラエル
アメリカはイリノイ州で生まれる。7才からイスラエルのルービン音楽院のサミュエル・ バーンスタインについてVnを始める。その後エルサレムでハイム・タウブに師事した。 1980年イェルサレム・フィルと共演してデビューを飾った。同じ時期にアスペンでドロシー・ ディレイ及びジェンヌ・エラーマンに学び、クレアモントコンクールで優勝した後、ジュリアード 音楽院の奨学生となり、ディレイ及びヒョー・カンに師事する。海外で高い評価を受けており、 ベルリン・フィルをはじめ多くの主要オーケストラと共演している。楽器はストラド1699年製 「ポーリアック伯爵夫人」。
57アナスタシア、チェボタリョーワ
(Anastasia、Chebotareva)
1972〜 ロシア
6才よりVnを始め僅か8才でイリーナ・ボチコーワに見いだされ、その後コンクールに優勝する まで師事。1991年モスクワ中央音楽学校卒業、1996年モスクワ音楽院卒業、1998年同大学院終了、 この間数々のコンクールに入賞。1989年パガニーニ国際Vnコンクール入賞。1991年ユベントス音楽祭 入賞。1992年R・リピッツァー国際コンクール優勝。1994年チャイコフスキー国際コンクールVn部門で 最高位受賞(一位無しの2位)。その後世界各地で非常に活発な演奏活動を展開。ロシアの メジャーオーケストラと共演している。1999年からモスクワ音楽院のアシスタントプロフェッサーに 就任。日本では2000年から倉敷の作陽大学音楽学部モスクワ音楽院特別演奏コース特任教授として 招かれており、日本を拠点とした演奏活動を展開。日本でも既に数回の公演を実施、今後もNHK交響楽団を はじめ東京都交響楽団、大阪フィルハーモニー管弦楽団、アンサンブル金沢等々多くの予定が 組まれている。楽器は、ロシア政府から貸与された1729年製ストラド「Zubowsky」
58チー、ユン
(Chee、Yun)
1974〜 韓国
チー・ユンはソウルで4人姉妹の末っ子として生まれる。6才でVnを始める。8才の時 コリアンタイムズ・コンクールで優勝した後、ソウルでデビュー。13才で渡米、ニューヨーク・ フィルとヤングピープルズ・コンサートでヴユータンのVn協奏曲No5を演奏して一躍注目を浴びた。 その後ジュリアード音楽院に入学してドロシー・ディレイ、ヒョー・カン、フェリックス・ガリミエ 等に師事した。1989年にヤング・コンサート・アーティスト国際オーディションで優勝。1990年 栄誉あるエイヴリー・フィッシャー奨学金を獲得。現在世界各地で演奏活動を行うと共に、 メジャーのオーケストラと数多く共演している。
59ヴェンゲーロフ、マキシム
(Vengerov、Maxim)
1974〜 ロシア
ノボシビルスクで生まれる。4歳半でタカニノーワにレッスンを受け、早くも5才で初めて リサイタルを開く。そして6才でノヴォシビルスク・フィルと共演してデビュー。1981年7才で 名教師ザハール・ブロンに師事。10才でヴィエニアウスキー・国際ジュニアコンクールに優勝 (1984)。16才の時カールフレッシュ国際Vnコンクールに優勝して、一躍世界の注目を浴びる。 以来世界一流のオーケストラと共演するなど、活発にソロ活動を行うと共に、バレンボイム、 ヨーヨーマとトリオを組むなど室内楽にも力を注いでいる。後進の指導もしている。 楽器は、1715年製ストラド「エクス・ピエルロード」
60ヤーッコ、クーシスト
(Jaakko、Kuusisto)
1974〜 フィンランド
ヘルシンキに生まれる。シベリウス・アカデミーでゲザ・シルヴァイとトゥオマス・ハーバネンに 続いて、アメリカインディアナ大学でミリアム・フリードとポール・ビスに師事。卒業後ラヴィニア 音楽祭でアタル・アラッド、レオン・フライシャー、レオン・キルヒナーの指導を受けた。 1989年フィンランドのクオビオ・Vnコンクールで優勝。1900年のシベリウスコンクールでは4位に 入賞と新作演奏の特別賞を受賞した。以来幾つものコンクールに優勝、または上位入賞を果たした。 その後フインランド国内の主要オーケストラと共演、世界的に活動の場を広げた。日本には クオビオ交響楽団のソリストとして来日を果たした。楽器;1702年製マッテオ・ゴフリラー
61スナイダー、ニコライ
(Znaider、Nikolai)
1975〜 デンマーク
デンマーク国立音楽院のミラン・ヴィテク、ウイーン音楽大学のボリスグシュニール等に 師事する。1992年ニールセン国際Vnコンクール優勝。1997年エリザベト王妃国際コンクールにも優勝。 メニューインは彼をイザイの後継者と予言したという。楽器は1732年製ガルネリ・デルジェス。
62カメダ、コー・ガブリエル
(Kameda、Koh・Gabriel)
1975〜 ドイツ
6才でヴッパータール交響楽団コンサートマスターのフルバーシャイト氏に学び、10才から カールスルーエ音楽大学のヨーゼフ・リシン教授に師事。12才で西ドイツ青少年音楽コンクール (18才までの部門)に優勝。国立カールスルーエ音楽大学に特別才能児として入学を許可される。 13才でバーデンバーデン交響楽団と共演、その後もヨーロッパの有名オーケストラと共演、世界の 注目を浴びている。1997年にもシェリングVnコンクールに優勝している。1991年初来日。


  *********** ヴァイオリン(Vn)は本当に不可思議な楽器である!*******

           次回も現在活躍中のVn奏者達です(ご期待下さい)

平成15年1月18日
(平成16年12月12日・53番「カトリーン・ショルツ」項目追記)
***編集責任・錦生如雪***


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