ヴァイオリンとヴァイオリン音楽



第三楽章 ヴァイオリニスト


(Mr。ビーハイブ楽師の話題メモ帳)

(その14)その他の名ヴァイオリニスト

その他の名Vn(ヴァイオリン)奏者達(ミニ・バイオグラフィ)(その4)


生年順に「コンツェン」より「ハーン」まで、6名の名ヴァイオリン(以下、Vn)奏者を一覧表に記します。  
番号奏    者ミニ・バイオグラフィー
63コンツェン、ミリヤム
(Contzen、Mirijam)
1975〜 ドイツ
ドイツ人の父と日本人の母の許でミュンスターで生まれる。2才からVnを持ち、5才でデビュー、 7才の時デットモルト音楽学校に入学後、ティボール・ヴァルガに師事。スイスのシオン音楽学校の マスタークラスを修了。1991年プラハ国際音楽コンクール最優秀賞受賞。1992年ティボール・ヴァルガ 国際Vnコンクールでも優勝。1995年アバドに認められ、ベルリンフィルと共演。ゲルト・アルブレッヒト から度々招かれている。1997年ドイツ文化功労賞を受賞している。
64ペッカ、クーシスト
(Pekka、Kuusisto)
1976〜 フィンランド
ヤーッコ・クーシストの弟で矢張りヘルシンキで生まれる。3才でVnを始め、ゲザ・シルヴァイに 師事する。7才の時シベリウス・アカデミーに特別入学が認められ、1985年からトゥオマス・ハーバネン に師事した。1992〜96年にかけてアメリカ、インディアナ大学でミリアム・フリードとポール・ビス に学ぶ。そして1995年にはフインランド生まれの演奏家としては史上初めてシベリウス・コンクール 優勝を果たした。同時にシベリウスVn協奏曲の最優秀演奏賞に輝いている。その後フインランドの 主要オーケストラに加えて、テミルカーノフ指揮ロイヤル・フイルハーモニーやベルグンド指揮BBC 管弦楽団、アシュケナージ指揮ベルリン・ドイツ交響楽団と共演。室内楽にも積極的に取り組んでいる。 1996年ヘルシンキ交響楽団と来日を果たしている。
65ジョセフォヴィッツ、リーラ
(Josefowicz、Leila)
1977〜 カナダ
トロントで生まれるが、3歳からロサンゼルスのコルボーン音楽院でロバート・リプセットの もとでヴァイオリンを始める。その後フィラデルフィアのカーティス音楽院でジェイミー・ラレード、 ヤッシャ・ブロドスキー、に師事している。10才の頃からテレビ出演を重ねるなどで、レーガン大統領 のお気に入りの話題の尽きない神童であった。12才でロンドンデビューを飾り、1993年、16才の時 カーネギーホールデビューを果たした。その後、クリーヴランド管弦楽団、シカゴ交響楽団、 フィラデルフィア管弦楽団、ロサンゼルス・フィルなどアメリカを代表するオーケストラとの共演を 続けている。1995年4月に初来日、初々しい感受性を湛え乍らも、表現意欲に溢れた熱演で聴き手を 圧倒した。
66サラ、チャン
(Sarah、Chang)
1980〜 アメリカ(韓国)
フィラデルフィアで生まれ、4才で1/16サイズの楽器を手にして以来即座に才能を発揮、5才で 地元のオーケストラと共演、6才から奨学金をを得てジュリアード音楽院でドロシー・ディレイに 師事。8才でメータ指揮ニューヨークフィルと共演している。デビューCDをリリースしたのは 11才の時であり、チャイコフスキーのVn協奏曲を弾いている。この演奏を聴くととても11才の子供が 弾いているとは思えない素晴らしい演奏である。師のドロシー・ディレイは数ある神童を育てた中で パールマンとサラには特別な思い入れがあったようである。ドロシーによれば11才のメニューイン以来 、これ程注目を浴びた神童はいなかったと言う。ドロシー門下ではセンセイショナルなデビューを 飾った「みどり」でさえ、サラには到底及ばない程のものであったと回顧している。そこでサラの エピソードを紹介して見よう。ズビンメータからドロシーに電話があり、サラはパガニーニの協奏曲が 弾けるか?との問い合わせがあった。ドロシーは一瞬躊躇ったが、ハイと返事をした。そうすると ズビンメータが、土曜日の12時に通し稽古が出来るかと、質問した。そこでドロシーは直ちに パガニーニの練習に入った。通し練習まで一週間しかない。一方ズビンメータはオーケストラの団員に はソロは女性であるとだけ伝えていたので、僅か8才の子供が入ってきたので吃驚仰天したという。 サラは弾くのが不可能なくらい難しいソーレ作曲の(弾けるのは世界でも片手で数えられるくらいの) カデンツァを持ったパガニーニの協奏曲をリハーサル無しで、満席の聴衆を前にしてニューヨーク フィルと見事に演奏したという。それも演奏予告から一週間の練習でである。驚くべき神童である。
67ロメイコ、ナタリア
(Lomeiko、Natalia)
1980〜 ロシア
ノボシビルスクに生まれ、6才より当地の特別音楽院でアレクセイ・グロステッフルに学ぶ。 1年後にノボシビルスク・フィルハーモニーオーケストラと共演。その後ウズベキスタンコンクールで 優勝している。1992年渡英してメニューイン・スクールに入学。ナタリア・ボイヤスカヤに師事。 翌1993年メニューインコンクールのジュニア部門5位、1997年よりロンドン・ロイヤル・カレッジ・ オブ・ミュージックで、1999年より王立音楽院で学ぶ。1998年のチャイコフスキー国際コンクールでは 5位に入賞。2000年のパガニーニ国際コンクールでは、見事に優勝を飾っている。 現在ニュージーランドに住んでいるが、ザハール・ブロンにも師事して、益々才能に磨きをかけている。 今後期待される新人である。
68ハーン、ヒラリー
(Hahn、Hilary)
1980〜 アメリカ
レキシントン生まれ、3才の時からVnを学ぶ。5〜10才まではクララ・ベルコヴィッチに、 そして10才からはカーティス音楽院に入学し17才までヤッシャ・ブロドスキーに師事。語学や文学を 学びつつ、1999年に卒業。10才の時ボルティモア交響楽団と共演してデビュー。以来多くの主要 オーケストラと共演をしている。1996年ソニー・クラシカルと専属契約を結ぶと共に、カーネギー ホールデビューを果たす。筆者は、彼女を個性的なVn奏者と見ていたが、2001年に発売された モンサンジョンのアート・オブ・ヴァイオリンのDVDの若手代表のコメンテイターとして起用されて いるのを見て、若い乍らも大変しっかりとした音楽観をもったVn奏者と感じた。


  *********** ヴァイオリン(Vn)は本当に不可思議な楽器である!*******

平成15年1月18日  ***編集責任・錦生如雪***


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