ヴァイオリンとヴァイオリン音楽



第三楽章 ヴァイオリニスト


(Mr。ビーハイブ楽師の話題メモ帳)

(その17)「日本のヴァイオリニスト」


バイオグラフィー(2)

 

11:鈴木共子

 (1920・大正9年〜2002・平成14年)東京生まれ。

 鈴木共子は1935・昭和10年に東京音楽学校を卒業、モギレフスキーに師事。
 第1回毎日音楽特別賞を受賞。
 第5回日本音楽コンクール(1936・昭和11年)に第2位に入賞。
 1938・昭和13年〜1940・昭和15年 フランスに渡り、ボリス・カメンスキーに師事。
 桐朋学園大学創立以来教授を務めた。


12:小杉博英

 (1921・大正10年〜)兵庫県生まれ。

 小杉博英は大阪音楽学校を昭和19年に卒業、E・トマシッチ、朝比奈隆 に師事。
 大阪フィル、NHK 大阪放送交響楽団のコンサートマスターを歴任、大阪市民劇場奨励賞及び 日本作曲家協会賞を受賞している。
 大阪音楽大学アートムジカ合奏団の顧問・指揮も行っている。

  筆者注:非常に厳しい先生であり、筆者も門を叩いたが、忙しい方であり、
       お目にかかることが出来なかった。

13:鳩山寛 

 (1926・大正15年3月25日〜)東京生まれ。


 近衛秀麿、モギレフスキーに師事。1936・昭和11年第5回日本音楽コンクールに
第一位優勝。
 1940・昭和15年第1回のリサイタルを開催、以降毎年リサイタルを開催した。
 1950・昭和25年近衛管弦楽団のコンサートマスターに就任。
 1954・昭和29年〜1959・昭和34年ニューイングランド音楽院で室内楽、合奏法を
 リチャード・バーギンに師事、後にニューオーリンズ交響楽団に入団。
 (1955・昭和30年にはニューオーリンズ音楽院中退)
 1959・昭和34〜1975・昭和50年東京交響楽団のコンサートマスターを務める。

14:辻久子

 (1926・大正15年3月16日〜)大阪生まれ。 

 父吉之助について幼児よりVnを学ぶ。11才でバッハのシャコンヌ、ブルッフのVn協奏曲、 ツィゴイネルワイゼンを弾いてデビュー。
 1938・昭和13年(第7回)日本音楽コンクール第一位を獲得、天才少女と呼ばれる。 その後1941・昭和16年には相愛高等女学校を中退して、演奏活動に専念。1941・昭和16年〜 1945・昭和20年まで満州、中国の親善旅行を行い、第二次大戦中も休むことなく演奏を続けた。

 1955・昭和30年ハチャトーリアンのVn協奏曲を日本初演により毎日音楽賞を受賞。 同年に来日したダヴィッド・オイストラフから多くの助言を受けた。そして1959・昭和34年には ソ連国営音楽公団に招かれてソ連、チェコに演奏旅行をして好評を博す。1966・昭和41年以降は バッハの無伴奏ソナタ・パルティータ全曲演奏など活発な演奏活動を行う。

 1973・昭和48年には念願のストラディヴァリウス(ディクソン・ポインター1715年製)を自宅を 売って購入した話は有名である(当時3500万円)。
 大阪芸術大学名誉教授、相愛女子大学教授。
 受賞・その他;1949・昭和24年神戸新聞社平和賞、1955・昭和30年毎日音楽賞、
        1956・昭和31年兵庫県文化賞、1966・昭和41年音楽クリティッククラブ賞を受賞。
 


15:服部豊子(旧姓 植野豊子)

 (1926・大正15年11月23日〜)東京生まれ。

 植野豊子はアレクサンダー・モギレフスキーに師事。1944・昭和19年女子学院卒。1943・昭和18年 第12回日本音楽コンクールで第一位文部大臣賞を受賞。以後素晴らしい技術と魅力溢れる容姿で、 人気を集め、諏訪根自子、巖本真理と共に「3大美人ヴァイオリニスト」の一人として大活躍した。 また辻久子、巖本真理と同年(寅年)の生まれであり、「女流Vnの3寅」とも言われていた。

 1957・昭和32年よりウイーン大学で学び、1959・昭和34年に修了したが、その間Vnをリカルド・ オドノポゾフに師事した。帰国後は桐朋学院大学教授、東京芸術大学講師、日本音楽コンクールの 審査員を歴任している。1977・昭和52年よりウイーンに移住ウイーンにてコンサート活動、レコー ディングを行っている。現在はウイーンとスイスに居を構えている。

 著書には、メニューイン著「ヴァイオリン奏法」の訳書がある。
 受賞;オーストリア科学芸術功労十字賞を2000・平成12年に受賞している。 

 筆者注:筆者は昭和20年代によく聞いたが、巖本真理と並び称されるVn奏者と感じていた。


16:巖本真理

 (1926・大正15年1月19日〜1979・昭和54年5月11日)東京生まれ。

巖本真理は小野アンナの許で6才の頃からVnを始めた。1937・昭和12年12才のとき、第6回日本 音楽コンクールに優勝。 そして1939・昭和14年デビューリサイタルを開いた。翌1940・昭和15年 には、新響(現NHK交響楽団)と協演している。彼女は室内楽を斉藤秀雄に学び、井口基成氏  斉藤秀雄と組んだトリオを演奏している。

 彼女は1946・昭和21年〜1950・昭和25年の5年間、東京音楽学校の教授を務めた後、アメリカに 渡り、ジュリアード音楽院でパーシンガーに師事、エネスコにも学んだ。そしてタウンホールで ブルック・スミスの伴奏でリサイタルを開いている。1951・昭和26年秋に帰国したが、その翌 1952年にシベリウスのVn協奏曲を上田仁指揮で協演し、毎日音楽賞を受賞している。

 1958・昭和33年には彼女はスペイン交響曲を伊達純のピアノ伴奏で日本初演をしている。
1964・昭和39年巖本真理弦楽四重奏団を結成。かなり精力的に活躍している。

 筆者注:SQには第一Vn主導型と、アンサンブル型の2種類があるように思われる。
     名Vn奏者が主宰した弦楽四重奏団の場合は、第一Vn主導型が多いのは、
     ある程度判断出来るが、巖本真理の場合、第一Vnがかなりの名手である
     にも拘わらず、第一Vnが出過ぎず、アンサンブルを重視しながらも、
     ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の演奏等では人間の心理の内奥深く沁み
     いるような精神性の高い素晴らしい演奏をよく聞いたが素晴らしい演奏
     であったと記憶している。脂の乗りきった時期に、志半ばにして病魔に
     倒れた大変惜しい人物であった。

17:遠藤真理

 (1927・昭和2年10月12日〜)兵庫県生まれ。

 遠藤真理はエルネスト・トマシッチ に師事し、1940・昭和15年第9回日本音楽コンクールで  第2位。1952・昭和27年〜に関西交響楽団で、(朝比奈隆、斉藤秀雄、宮本政雄指揮)で ベートーヴェン、ハチャトウリアン、シベリウス等の協奏曲を協演している。

筆者注:何度か彼女の演奏を聴いているが、飾り気のない、よい演奏であったと記憶している。


18: 江藤俊哉

 (1927・昭和2年11月9日〜)東京生まれ。

 鈴木慎一、モギレフスキー、井上武雄に師事。12才の時、第8回(1939・昭和14年)日本音楽コン クールで第一位を獲得。天才児と謳われた。東京音楽学校に入学、1948・昭和23年に本科を卒業。 東京音楽学校在学中に渡邊暁雄、松浦君代、斉藤君代と弦楽四重奏を組んで活動。卒業後アメリカに 渡り、カーティス音楽院で、エフレム・ジンバリストに師事。カーティス音楽院在学中(1951・ 昭和26年)にカーネギーホールでデビュー。卒業後すぐにカーティス音楽院教授、演奏家兼教育者と しての道を歩く。
 1961・昭和36年に帰国して、演奏家及び教育家として活躍するが、1997・平成9年に桐朋学園大学長、  1999・平成11年には同学園大学院学長に就任している。

  受賞、その他;1971・昭和46年にモービル音楽賞。
                1978・昭和53年第35回日本芸術院賞。
        1985・昭和60年、都民文化栄誉賞、2000・平成12年渡邊暁雄賞、
        1987・昭和62年芸術院会員。 
        1982・昭和57年ヴィエニアウスキー国際Vnコンクール審査員。

 江藤俊哉は、優れた演奏家であると同時に優れた教育家であり、彼の育てた世界的な
Vn奏者は数多く、主な人物は次の通りである。

   小栗まち絵、豊崎泰嗣、大山平一郎、清水大貴、篠崎有美、川畑成道、
   荒井 英治、和波孝禧、小目谷しず子、劉薇、佐々木一樹、篠崎史紀、
   安田明子、横山奈加子、数住岸子、小林瑞葉、若松夏美、松田まさ子、
   藤原浜雄、菊地裕美・加藤知子、高島ちさ子、堀米ゆず子、安永徹、
   村田穂積、矢部達哉、千住真理子、天満敦子、磯絵里子、森悠子、
   古澤巌、島原早恵、石橋 Edvard 和彦、遠藤浩史、佐藤多美子、
   永井由里、瀬川祥子、戸田弥生、二村英仁、松野弘明、諏訪内晶子、
   伊藤亮太郎、大谷玲子、清水英理子、谷本華子、吉田恭子。Etc

  筆者注;Vnの教育者には二通りあるように思われる。その一つは名Vn奏者であり
     且つ名教師である場合と、今一つは、ソロ活動としてはそれ程有名では
     なく、それ程達者ではないが、教育の仕方が非常に巧く、名Vn奏者を
     輩出すると言う、いわば名伯楽と言われる人物である。この江藤俊哉は
     名Vn奏者であると共に名教育者である。鷲見三郎の場合は、教え方が
     理に叶った名伯楽であった様に思われる。

19:池田暁美

 (1928・昭和3年3月3日〜) 大阪生まれ。

 池田暁美は1944・昭和19年に大阪音楽学校専科を修了。田中平三郎、小野アンナに師事。  同年日本音楽コンクール(第13回)で第2位を獲得。翌年の第14回の日本音楽コンクールにも  出場、第3位に入賞している。
 1947・昭和22年より演奏活動を開始、京都市交響楽団に在籍。以後フリーとなり、  1952・昭和27年〜1953・昭和28年にドイツに渡り、ザルツブルグで室内楽をトーマス・ブライマーに  師事し、帰国後池田トリオを組んでいる。


20:岩淵龍太郎

 (1928・昭和3年1月21日〜)東京生まれ。
 東京帝国大学法学部に入学したが、1947・昭和22年に中退して音楽(Vn)に専念する。Vnを ウルリッヒ・グレーリング、及び渡邊暁雄に師事する。


 1939・昭和14年第8回日本音楽 コンクールで第2位を獲得。
 1959・昭和24〜1956・昭和31年NHK交響楽団のコンサートマスターを務める。
 1953・昭和28年N響コンサートマスター在籍のままプロムジカ弦楽四重奏団を
    立ち上げて主宰。
 1955・昭和30年桐朋学園大学助教授。1964・昭和39〜1965・昭和40年
    西独に留学。
 1987・昭和62年より京都市立芸術大学教授に就任。同年中国の瀋陽音楽
    学院より名誉教授の称号を贈られている。
 1992・平成4年に退官して、京都コンサートホール館長に就任。
 1997・平成9年には音楽之友社会長に就任。
 現在日本演奏連盟常任理事。京都市音楽芸術振興財団副理事長。

 受賞その他;
    芸術選奨(1962・昭和37年)、毎日芸術賞(1962・昭和37年)、
    藤堂顕一郎音楽褒賞(1982・昭和57年)、神戸市文化賞(1983・昭和58年)、
    亀岡市文化功労者、京都新聞文化賞(1986・昭和61年)、
    京都市文化功労者(1991・平成3年)勲三等旭日中授章(1998・平成10年)、
    京都府文化賞:特別功労賞(2000・平成12年)
  
 筆者注;筆者は岩淵龍太郎のソロ演奏、プロムジカ弦楽四重奏団の演奏を数回
     聴いている。派手さはないが、楽曲の内容を深く掘り下げた心に沁みる
     様な演奏であったと記憶している。また現代音楽にも積極的に取り組んで
     おり、確か1955・昭和30年頃に聴いたバルトークの無伴奏Vnソナタは、
     筆者を現代音楽へ誘ってくれたメモリアルな演奏であった。

平成15年3月20日  ***編集責任・錦生如雪***


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