(1928・昭和3年4月17日〜1997・平成9年)東京生まれ。
昭和20年に新京一中を卒業。その前後、辻吉之助、鷲見三郎、吉田敏夫、渡邊暁雄に師事。
昭和23年、第17回日本音楽コンクールで第一位に輝く。
昭和24年Vc(チェロ)の吉田敏夫、Pf(ピアノ)の坂本陽子とジュピタートリオを結成して、
室内楽に力を入れ、昭和50年にはトリオ結成25周年記念演奏会を開いている。また皇太子さま
(現天皇陛下)のヴァイオリン(以下、Vn)の教師を務めた。桐朋学園大学教授を務めたが、
平成9年に逝去。
筆者は彼のソロ演奏はラジオでしか聴いたことはないが、極めて構成のがっしりとした演奏で
あったように記憶している。
彼の場合も、教育者としての功績が大きいように思われる。
彼の門下生の主なものは次の通りである。 岡山潔、小栗まち絵、川崎雅夫、加藤知子、堀米ゆず子、神谷美千子、 若林暢、島田真千子、小熊佐絵子、鈴木花恵、山中光、金指有美子、 立田あずさ、小森谷巧、信田恭子、島田玲奈、玉井菜採、吉田弘子、 唐木紀子、重本佳美、秋葉美佳、伊藤奏子、堀江悟、白尾偕子、 辻井淳、工藤美穂、鶴和美、田村佳重、細川亜維子、川口静華、 鈴木弘一、崔文洙、長沼由里子、菅沼ゆづき、長谷部雅子、 進藤義武、安良岡ゆう、吉野薫、鈴木睦美、榎戸崇浩、Etc。
(1928・昭和3年6月5日〜 )東京生まれ。
小野アンナに師事、明星学園を中退(昭和17年)してVnに専念。第13回日本音楽コンクール (昭和19年)第一位を獲得。その後シュタフォンハーゲンにも師事。昭和21年より演奏活動、 その後国立音楽大学助教授を経て、教授に就任。諏訪根自子の8才年下の妹。
(1931・昭和6年2月11日〜)スマトラ生まれ。
鈴木慎一、F・クドラーチェックに師事。玉川学園を昭和22年に卒業後、昭和24年第18回日本音楽
コンクールに出場し、第一位を獲得。昭和26年にデビュー 。チェコのブルノーフィル、オーストリアの
リンツ州立ブルックナー 交響楽団等のコンサートマスターに就任。昭和42年に帰国し、読売日本
交響楽団のコンサートマスターとなるが、昭和47年よりソリストに専念する。そして世界各地へ
楽旅して、演奏会を開いている。
桐朋学園大学、東京音楽大学の講師を歴任している。
受賞その他;昭和63年芸術祭賞受章。平成8年芸術祭大賞受賞。日本チェコスロバキア協会理事。 才能教育研究会理事。 門下に上里英子。
(1934・昭和9年12月18日〜)富山生まれ。
東京芸術大学音楽学部器楽科を卒業、兎束龍夫に師事、昭和32年にN響に入団、昭和41〜42年まで
西ドイツのデトモルトでオットー・シャードに師事。昭和45年からN響のコンサートマスター。
昭和59年には現職のまま平行して室内楽活動を積極的に進める。アカデミーSQ(弦楽四重奏団)
アルスSQを経て昭和53年にはオルビスSQを立ち上げ、度々演奏会を開く。他にカメラータ東京でも
活躍。昭和53年に有馬賞を受賞。
(1936・昭和11年2月14日東京生〜)東京生まれ。
Vn奏者であった父(海野次郎)から手解きを受け、その後鷲見三郎、兎束龍夫、シュタフォン
ハーゲンに師事して1958年東京芸術大学を卒業と同時にNHK交響楽団に入団したが、W・ロイブナー
指揮のNHK交響楽団とチャイコフスキーの協奏曲で注目を浴び、翌23才でN響のコンサートマスターに
抜擢された。合わせてNHK・SQを主宰して活躍すると共にソリストとしても活躍した。
1963年にベルリンに留学、シュヴァルベに師事。翌1964年にはスイスでシゲティに師事した。帰国
後も欧米に行き活躍したが、1967年ウイーン学友協会大ホール(ムジークフェラインザール)で
ヨーロッパの楽壇にデビュー 。ドイツグラモフォンでシュミット=イッセルシュテットの指揮に
より、メンデルスゾーンとチャイコフスキーのVn協奏曲をレコーディングして絶賛された。
その後世界各国にソリストとして招かれ、「プラハの春」音楽祭を始め、モスクワ、レニン
グラード、ブダペスト、ウイーン、ベルリン、アムステルダム、ブリュッセル、等で次々と成功を
収めた。
海野の活動は世界28カ国90都市に及んでいる。レコーディングも1968年からはCBSソニーから多数の 録音を行っている。1970年にN響を退団して、ソロ活動と教育活動に専念する。昭和45年には 東京芸術大学の非常勤講師、47年助教授を経て、50年には39才の若さで教授に就任している。然し 昭和61年には活動拠点をヨーロッパに移し、一家でパリ郊外に移住している。
エリザベート王妃国際コンクール、ヴィエニアウスキー国際コンクール、ジュネーブコンクール、
パガニーニ国際コンクールなど世界的に有名なコンクールの審査員として度々招かれている。
平成元年には帰国し、再び日本での演奏、教育活動を開始。洗足学園大学教授。
主な門下生は次の通り。 市坪俊彦、大谷康子、澤和樹、二村英仁、三輪真樹、川原千真、林智之、 林 靖子、桐山建志、白尾偕子、岡本雅子、八嶋博人、若林暢、堀内麻貴、 稲庭 達、天野紀子、中村八千穂、矢野晴子、深山尚久、高畠浩、森田玲子、 長田 新太郎、高田あずみ、川井郁子、吉元浩子、渡辺玲子、山口エリサ、 天満敦子、蒲生克郷、西江辰郎、奥田雅代、庄司紗矢香、漆原朝子、漆原啓子、 Etc。
1937。昭和12年8月26日〜)東京生まれ。
小野アンナに師事。昭和33年に桐朋短期大学を中退、昭和38年ローマのサンタ・チエチーリア 音楽院マスターコースを修了、昭和33年〜40年レミー・プリンチペに師事。その間昭和34年に レスピーギ国際音楽コンクールVn部門で第一位を獲得。また昭和38年〜39年同じくサンタチェチー リア音楽院のマスタークラスで室内楽を専攻。
昭和33年からイタリア、エジプトで リサイタルを開く。帰国後武蔵野音楽大学で教鞭を執る。 昭和48年助教授後に教授に就任。昭和40〜44年イソSQを立ち上げ、第一Vnを務める。
(1933・昭和8年9月5日〜)東京生まれ。
鈴木慎一に師事、昭和25年には渡邊暁雄指揮東京フィルの定期演奏会でシベリウスのVn協奏曲を 協演しているが、若干17才の時である。 昭和27〜37年にアメリカ、オランダに留学。ジュリアード 音楽院では、イワン・ガラミアンに師事して昭和34年にに修了、昭和37年にはニューヨークの タウンホールとアムステルダムコンセルトへボーでリサイタルを開催。オクラホマ・シティ・ オーケストラのコンサートマスターとなる。
昭和47年帰国後、東京都交響楽団のコンサートマスターとなった。室内楽にも力を注ぎ、ニュー アーツSQのメンバーとしても活躍。現在桐朋学園大学教授。
受賞その他 昭和57年に芸術祭優秀賞。 平成2年に第9回中島健蔵相蔵音楽賞。 平成7年第4回朝日現代音楽賞を受賞。 主な門下生:竹澤恭子、瀬川祥子、吉田祥子、落合孝夫。Etc
(1937・昭和12年6月1日〜)東京生まれ。
鷲見三郎に師事。昭和26年第20回日本音楽コンクールで、第一位を獲得。昭和31年に桐朋女子高を 卒業 。アメリカに渡り、カーティス音楽院でエフレム・ジンバリストに師事、昭和37年に チャイコフスキー国際コンクールに入賞。昭和38年にカーティス音楽院を卒業。昭和41年には モントリオール国際Vnコンクール第2位。
昭和42年にはエリザベート王妃国際音楽コンクール第5位に入賞している。昭和38〜53年に アメリカ、ケベック交響楽団のコンサートマスターに就任。同時に昭和38年〜54年ケベック州立 音楽院教授。平行して昭和44〜54年カナダのラバール大学講師。昭和53年にインディアナ交響楽団 コンサートマスターに就任。
(1939・昭和14年7月31日〜) 兵庫県生まれ。
江藤俊哉に師事。昭和29年第23回日本音楽コンクールで3位入賞。昭和32年に渡米してカーティス 音楽院に入学、昭和34年夏マールボロ音楽祭にフル・スカラーシップで参加。昭和36〜37年エフレム・ ジンバリストに師事、帰国後昭和38〜41年には東京交響楽団のコンサートマスター。桐朋学園大学の 講師を務めた。同時にセントルイス交響楽団のアシスタントコンサートマスターを務めた。 昭和58年よりセントルイス音楽学校教授。
(1939・昭和14年3月31日〜)東京生れ。
Vn奏者であった父親の田中詠人に手解きを受ける。桐朋学園に入学するが、昭和28年に中退。同年 第22回日本音楽コンクールで第一位を獲得。昭和30〜32年にパリ音楽院に入学、Vnをガブリエル・ ブイヨンにに師事。オーストリア、イタリアでも修行、レミー・プリンチペにも学んだ。
帰国後京都市交響楽団のコンサートマスター。昭和41〜54年の間NHK交響楽団のコンサートマスター
を務めると同時にソロ活動も行う。後に東京芸術大学教授、並びに、国立音楽大学講師を務める。
母は声楽家の田中伸枝。姉はピアニストの田中希代子という音楽一家である。
主な門下生は次の通り。 大谷康子、島田真千子、大関博明、後藤龍伸、市坪俊彦、川田知子、原田大志、 桑田眞里、砂畑佳江、川原千真、廣岡克隆、若林暢、二村英仁、白井圭、