(1940・昭和15年4月13日〜)東京生まれ。
鈴木慎一、小野アンナ、井上武雄に師事。 昭和28年第22回日本音楽コンクールで
入賞。
昭和34年〜36年ベルリン芸術大学ミシェル・シュヴァルベに師事。
昭和36〜39年にはミュンヘン音楽大学ウイルヘルム・シュトロスらに師事。
昭和39年西ドイツ・ファルツ交響楽団、昭和40年にはバンベルグ交響楽団の
第2コンサート
マスターに就任。帰国後、昭和56年に東京芸術大学助教授に就任、昭和59年には
教授に昇進している。
日本弦楽器指導者協会会員。
主な門下生は次の通り。
景山誠治、渡辺剛、日下紗矢子、山本薫 、田村安祐美
(1940・昭和15年6月4日〜)東京生まれ。
幼少より鷲見三郎に師事。桐朋学園高校音楽科一年の昭和31年、第25回日本音楽コンクールで
第一位並びに特賞を受ける。昭和33年プラハ音楽アカデミーに入学、昭和35年プラハ現代音楽コン
クールで第一位を、昭和37年栄誉賞付きでディプロマを得て、首席で卒業。プラハの春国際音楽祭で
デビュー。プラハ音楽アカデミーではF・ダニエルに師事。その他ダヴィッド・オイストラッフ、
ヘンリク・シェーリングにも師事をしている。
昭和45年にはチェコ演奏芸術家賞を受けている。そして昭和46年にはレコードアカデミー大賞を 受けている。世界各地に演奏旅行を行うが、主な協演オーケストラは、チェコ・フィル、シカゴ 交響楽団、モスクワ放送交響楽団、スロヴァキア・フイル、メキシコ国立交響楽団、スーク室内 オーケストラ、Etcである。
昭和47年からメキシコに渡り、国際的に活躍する。そして昭和52年メキシコ政府よりトラテロルコの 鷲章、昭和58年には児童福祉文化賞が贈られている。 昭和55年にメキシコシティに「アカデミア・ ユリコ・クロヌマ」を開校して、子供達を教育、日本でも日墨交流演奏会を度々開いている。昭和56 年にはニューヨークのカーネギーホールでアメリカ交響楽団と広瀬量平のVn協奏曲をアメリカ初演を するなど活発な活動を展開している。
受賞その他: 文章中に少し触れたが、その他に昭和49年に「スメタナ・メダル」 昭和61年メキシコ政府より、文化交流に貢献した外国人に与えられる 最高の勲章である「アステカの鷹勲章」を綬賞。昭和63年には日本外務 大臣より表彰。平成5年には日墨の青少年の交流、育成に努めた功績が 認められ、「国際交流奨励賞」を受ける。フェリス女学院大学教授も 務めた。
(1941・昭和16年11月9日〜)茨城県生まれ。
岩本正蔵/久保田良作/斉藤秀雄/鷲見三郎に師事。昭和30年第24回日本音楽コンクールで第一位
を獲得(僅か14才の時である)。桐朋学園高校を昭和32年に中退してパリ音楽院に入学、昭和33年に
卒業。その間ガブリエル・ヴィヨンにVnを師事。室内楽をジャック・フェブリエに師事。昭和33〜
35年ヘンリック・シェリング、更に昭和36年には江藤俊哉に指導を受けている昭和37年には、
パガニーニ国際音楽コンクールに第二位を獲得。同年ロン・ティボー国際コンクールでは特別賞を
受賞している。
昭和30年から大阪フィル/東響/日本フィル/ボルドー市立交響楽団/ブリュッセル交響楽団/ パリ音楽院管弦楽団などと協演している。また昭和34年からフランス各地、昭和36年以後日本で リサイタルを開催。そして昭和36から桐朋学園大学(助教授)、昭和56年からリヨン音楽院で指導を している。
(1941/10/8(昭和16年)〜)京都府生まれ。
大阪聖母女学院を昭和35年に卒業。辻吉之助、辻久子に師事。在学中の昭和32年に第26回日本音楽
コンクールで第2位特別賞を獲得。桐朋女子高でも学び、長谷川孝一、鷲見三郎にも師事。
昭和38年大阪でデビューリサイタルを開く。同年現代音楽祭に出演。その後多くのオーケストラと
協演。 昭和38年現代音楽祭クリティッククラブ新人賞を受賞。昭和46年ジュネーブ夏期講習で
ヘンリック・シェーリングに学んだ。昭和47年大阪文化祭奨励賞を受賞。
昭和50年ソリスティ・リブラを結成、室内楽に活躍。昭和46〜51年大阪芸術大学講師。昭和62年
大阪文化祭賞を受賞。現在神戸女学院非常勤講師。
(1942・昭和17年5月31日〜)山口市生まれ。
6才の時父親にVnの手解きを受ける。7才で竹内文子に師事。昭和27〜33年、鷲見三郎に師事。
その間の昭和30年、第24回日本音楽コンクールに弱冠13才で2位に入賞。昭和33年の第27回日本音楽
コンクールでも第3位に入賞。 昭和33〜34年には、ジャンヌ・イスナールに師事している。そして
昭和34年パリ音楽院に入学、Vnをガブリエル・ブイヨンに、室内楽をジャック・フェベリエに学んだ。
昭和34年(17才)にデビュー。独奏者として、日本や、西ヨーロッパでリサイタルを開く。また
日本の主要オーケストラやコロンヌ管弦楽団、フランス放送管弦楽団、ナポリ放送管弦楽団等と協演し
ている。昭和34、36年ロン・ティボー国際コンクールで第3位に入賞すると共に、昭和38年には
パガニーニ国際Vnコンクールでも3位に入賞している。
パリ音楽院管弦楽団のコンサートマスターを4年間務めている。帰国後、日本では山口芸術短期大学、
昭和49年から桐朋学園大学で指導に当たる。
(1942・昭和17年4月4日〜)旧満州・奉天生まれ。
小野アンナに師事。桐朋学園子供のための音楽教室に入室。そこでジャンヌ・イスナール、斉藤
秀雄に師事。13才で東京交響楽団と協演してデビュー、双葉学園中等部15才(昭和32年)の時、
第26回日本音楽コンクール第一位特賞を受賞。昭和36年桐朋学園高校を卒業、ソ連政府の招きで
レニングラード音楽院に3年間留学、ミハイル・ワイマンに師事。その間、昭和38年にエリザベート
王妃国際コンクールで5位入賞。
昭和39年よりヨーゼフ・シゲティに師事。昭和41年には第3回チャイコフスキー国際コンクールで、 見事第2位に輝く。昭和40年にはヨーロッパ及び北米でデビューしており、世界のトップクラスの オーケストラと協演を重ねると共にオーケストラのツアーソリストも務めている。
室内楽にも力を注いでおり、「ラ・ホヤ」「マールボロ」「スポレト」等主要な音楽祭に参加して いる。そう言ったことから、Vc奏者の夫君(ロレンス・レッサー)との出会いがあり、結ばれたもの と思われる。平成10年には「バッハ:無伴奏ソナタとパルティータ」をリリースするなど活発な 演奏活動を行っている。ニューイングランド音楽院の教職にあるが、日本では水戸室内管弦楽団の 主要メンバーである。
(1942・昭和17年11月9日〜)東京生まれ。 昭和34年全日本学生音楽コンクール優勝。昭和40年東京芸術大学卒、昭和42年 大学院修了。昭和43年西ドイツ政府給付生として留学。ハンブルク音楽大学を 昭和46年に卒業。ベートーヴェン・ハレ管弦楽団のコンサートマスター。 ボンSQの一員として活躍。昭和46年にはメンデルスゾーン賞、及びイザイエ メダル賞を受賞。西ドイツ政府文化功労勲章を受賞。エレオノーレSQを主宰。 帰国後読響第一コンサートマスターを経て、東京芸術大学助教授に就任、 後に教授に昇進。 師事した教師:久保田良作、田中詠人、兎束龍夫、ヘンリー・ホルスト、 ウイルフリート・ハンケ、E・ハウプトマン等に師事。 主な門下生は次の通り。 林智之、永松祐子、浜野孝史、大町滋、中島久美、宮内晃、桐山建志、 菅谷早葉
(1942・昭和17年5月12日〜)東京生まれ。
幼少より鷲見三郎に師事。昭和33年、第27回日本音楽コンクールで第一位を獲得。昭和35〜39年
ジュリアード音楽院でイヴァン・ガラミアンに師事する。昭和42年にジュリアード音楽院を卒業。
フィラデルフィア管弦楽団 、ニューヨーク・フィルハーモニックにて演奏、ニューヨーク・
フィルハーモニックの第一Vn奏者。マンハッタン音楽大学教授。サイトウキネンオーケストラの
メンバー 。 現在ギルバート・ヨーコ・タケベ。
(1942・昭和17年5月25日〜)東京生まれ。
4才からVnを始め、渡邊暁雄、河野俊達に師事。昭和35年桐朋学園高校を卒業。同年アメリカに
留学して、プロダス・アールに師事。そしてメリーウエザーポストコンクール第一位、アテナ音楽
コンクール第一位を獲得、昭和33年には第4回文化放送音楽賞を受賞している。
昭和41年にエール大学大学院修了、エール4重奏団、ニューヘブン交響楽団のコンサートマスター、
セコイアSQを経て昭和45年カリフォルニア芸術院教授、ロングビーチ・カリフォルニア大学講師。
サイトウキネン・オーケストラのメンバー。イマ・コンサート・イン・ジャパンのディレクター。
(1943・昭和18年11月12日〜) 鹿児島県奄美大島生まれ。
3才の頃より父親にVnの手解きを受け、後に村山信吉 に師事。11才の頃、丁度桐朋学園のVn教授と
して招かれたジャンヌ・イスナール(女史)及び斉藤秀雄に師事。昭和37年桐朋学園高校を卒業。
同年チャイコフスキー国際音楽コンクールで第3位に入賞。一躍注目を集めた。昭和38年フランス
政府給費生としてパリ音楽院に留学、ルネ・ベネデッティ/ジョセフ・カルベに師事。パリ音楽院を
昭和39年に卒業したが、同年パガニーニ国際コンクールで2位に入賞。
翌年の昭和40年にはロン・ティボー国際コンクールに2位入賞と、たて続けに上位入賞を果たして
いる。昭和42年にはスイスでヨーゼフシゲッティに師事。同年、クルチ国際Vnコンクールでは第一位の
栄冠に輝いている。
その後もフランス、イタリアの各地で演奏活動を行っている。昭和47年に帰国。ソリストとして
リサイタルを開くほか、日本の主要オーケストラと協演して、高く評価をされている。 彼女はまた、
室内楽にも力を注ぎ、昭和49年、広中弘らと桐五重奏団を立ち上げ、昭和49年に民音室内楽コン
クールに第2位で斉藤秀雄賞を獲得している。平成7年にジャパンSQを結成している。現在倉敷音楽祭
や大垣音楽祭のディレクターとしても活躍しているが、東京芸術大学の教授として、後進の指導に
当たっている。