(1943・昭和18年3月8日〜)東京生まれ。
父:弘嗣もヴァイオリン(以下、Vn)奏者で鈴木慎一に次いで、早期教育運動の草分け的存在であり、功子も父の教えで
4才でデビューしている。昭和41年桐朋学園音楽大学を卒業、在学中の昭和39年に、第33回日本
音楽コンクールで第一位レウカディア賞を受賞。在学中はジャンヌ・イスナール、斉藤秀雄に師事
している。
昭和40年度には第5回安宅賞を受賞している。また昭和41年にはパガニーニ国際Vnコンクールで
3位入賞。現在は父の後を継いで、子供の早期教育やVn教本の制作に貢献すると共に、ソロ活動、
室内楽活動を積極的に行うほか、桐朋学園大学教授、東京音楽大学講師として後進の指導に当たって
いる。
(1943/6/11(昭和18年)〜)東京生まれ。
6才よりVnを始める。鷲見三郎に師事、後にポール・クリングに師事。桐朋学園に入学後、
16才の時、昭和34年、第28回日本音楽コンクールで第一位特賞を獲得。昭和38年にジュネーブ
国際コンクールにおいて最高位を獲得、一躍ヨーロッパでその名が知れ渡る。
昭和39に年にはパガニーニ国際Vnコンクール入賞、パリ音楽院ではルネ・ベネディティに師事、 首席で卒業した。そしてヨゼフ・シゲティに師事すると共に、シゲティに厚い信頼を受けて、 シゲティの助手を務めた。その他に昭和42年にはロン・ティボー国際コンクールで5位に入賞 している。
ヨーロッパではロンドンを本拠地として活動するが、ロイヤルフィル/ウイーンフィル/ ベルリン・ドイツ交響楽団/ロスアンジェルス・フィル/バーミンガム市響/ハルレ管弦楽団/ ミュンヘン・フィルハーモニー/スイス・ロマンド/Etc 世界の一流オーケストラと協演 及びレコーディングを行なう日本を代表するVn奏者として活躍する。
一方サイトウ・キネン・オーケストラ、水戸室内管弦楽団のコンサートマスターも務めている。
その他、各種の国際コンクールの審査員を務めている。現在東京及び大阪音楽大学の教授を務めて
いる。
楽器;1692年製のストラディヴァリウス。
(1943/12/11(昭和18年)〜)東京生まれ。
5才の時から小野アンナに師事し、その後、「桐朋学園・子供のための音楽教室」に入り、
続いて桐朋学園高校に入学。その間ジャンヌ・イスナール、斎藤秀雄に師事している。昭和34年
16才の時に第28回日本音楽コンクールで第二位で特賞を受賞している。17才の時、国立レニン
グラード音楽院の留学生に選ばれ、ミハイル・ヴァイマンに3年間師事をした。更にアメリカに
渡りジュリアード・音楽院でロバート・マン、ドロシー・ディレイの指導を受けている。続いて
スイスでヨゼフ・シゲッティ、ナタン・ミルスタインにも薫陶を受けた。
昭和42年には第12回ロン・ティボー国際Vnコンクールで第3位に入賞。同年イタリア・ナポリ
コンクールでは見事に一位に輝いている。デビューはレオポルド・ストコフスキー指揮により
カーネギー・ホールで行い、好評を博している。
その後国内外で活発に演奏活動を行い、ベルリン・フィル/ロイヤル・フィル/フランス
国立管弦楽団/クリーヴランド・管弦楽団/イスラエル・フィル/スイス・ロマンド管弦楽団等と
世界を代表する管弦楽団、そして名指揮者と協演して、世界の注目を浴びた。
近年、レコーディングにも積極的に取り組んでいるほか、東京芸術大学で後進の指導に当たって
いる。
使用楽器:アントニオ・ストラディヴァリウス。
(1944/6/15(昭和19年)〜)東京生まれ。
東京芸術大学を昭和42年に卒業。在学中昭和40年第34回日本音楽コンクールで一位並びに
レウカディア賞を受賞。東京芸術大学では小林武史、プロダース・アールに師事。昭和42年に
ベルリン音楽大学に留学。昭和43年に中退後、演奏活動の他東京音楽大学の講師を務める。また
国立パリ管弦楽団の団員でもある。
(1944/4/14(昭和19年)〜)名古屋生まれ。
4才で父親の西崎信二の手解きを受けてVnを始め、鈴木メソッドの鈴木慎一教室の第一期生となる。
桐朋学園高校に入学したが、昭和36年に中退、ジュリアード音楽院に入学、ジョセフ・フックス、
アイザック・スターンにも師事している。
受賞等;ジュリアード最高名誉フリッツ・クライスラー賞。ニューヨーク・ コンサート・アーティストギルド優勝。レベントリット国際コンクール 第2位を獲得。その他に香港レコード金賞。ナショナル・フェデレー ション・ミュージッククラブ第一位。シカゴ名誉市民等の賞を受けている。 彼女はナクソスレーベルから相当量のCDをリリースしており。その数は日本人演奏家 としては群を抜いている。 現香港政庁音楽院マスタークラス教授。
(1944/9/9(昭和19年)〜)大阪府高槻市生まれ。
教育哲学者・森昭の次女として、高槻市に生まれる。高槻市立第一中学在学中より「相愛子供
音楽教室」に通い、桐朋学園高校、昭和42年同大学を卒業。日本では鷲見三郎、斎藤秀雄に師事。
桐朋学園卒業後は斎藤秀雄の助手として子ども教室の弦楽合奏の指導に当たる他、東京、大阪等で
リサイタルを開く。そして大阪文化賞及び音楽クリティッククラブ新人賞を受賞。
その後チェコスロヴァキアとフランスに留学。チェコではマリア・ホロニヴァに師事。フランス ではミッシェル・オークレールに師事している。ミッシェル・オークレールの勧めでノルマンディ 「カン・室内合奏団」を結成して欧州各地で演奏。 昭和47年よりフランスで演奏活動を始めるが、 「レ・ソリスト・ド・パリ」のコンサートマスター。「ミュージシャン・ド・パリ室内合奏団」や 「ベルナール・トーマ合奏団」等と欧州各地で演奏。
昭和49年にはパイヤール室内管弦楽団に入団、第2Vn奏者として活躍すると同時に古楽に興味を 持ち、バロックVnを本格的に勉強する。昭和52年にはフランス国立放送管弦楽団に入団、10年間在籍。 日本ではサイトウ・キネン・オーケストラに参加している。平成2年には京都でフランス音楽アカ デミーを開校、音楽監督に就任。この企画はパリ・リヨンの国立高等音楽院の教授が京都で公開 レッスンをするものであるが、好評を博し、2003年には14回目を開催している。
その後リヨン国立高等音楽院助教授。リヨンオペラ座管弦楽団のコンサートマスターに就任。これ までのフランスに於ける彼女の功績により、平成3年にフランス政府より芸術文化勲章シュヴァリエ 章を受けている。平成9年には、地元長岡京で長岡京室内アンサンブルを結成、地方からの音楽文化 の発信を目指す。そして音楽クリティッククラブ賞を受賞すると共に、エクソン・モービル音楽 奨励賞を受賞している。
長岡京アンサンブルは平成14年に大阪国際フェスティバルに出演。平成15年にはヨーロッパ遠征を 果たしている。また平成15年にも大阪国際フェスティバルに出演。この様な素晴らしい先駆的な働きを した女性に贈られる「あけぼの賞」を京都府より贈られた。
(1945/7/6(昭和20年)〜)東京生まれ。
3才からVnを始め鷲見三郎、鷲見四郎、江藤俊哉に師事する。昭和33年中学1年の時東京交響楽団と
協演してデビュー。桐朋学園女子校では斎藤秀雄にも師事する。高校1年の時(昭和36年)に第31回
日本音楽コンクールに出場して、第2位に入賞。翌昭和37年にはアスペン国際音楽コンクール
Vn部門で第2位入賞。更に昭和38年(第32回)に再び日本音楽コンクールに挑戦、第1位レウカディア賞、
松下賞を獲得した。同年第3回安宅賞も獲得。
また同じ昭和38年にはパガニーニ国際Vnコンクールで4位に入賞している。昭和39年にはロン・ ティボー国際コンクールでも6位に入賞している。そして桐朋学園大学を昭和41年に卒業、在学中は 江藤俊哉に師事。卒業後、昭和41年〜44年モスクワ音楽院に入学、レオニード・コーガン、 エリザベス・ギレリスに師事。昭和44〜46年ガブリエル・ブイヨン、ジョゼフ・カルベに師事。 主としてヨーロッパで活躍していたが、平成8年より日本でも活動。
水戸室内管弦楽団の団員。サイトウ・キネン・オーケストラのメンバーでもある。
文化放送音楽賞受賞。
(1945/9/7(昭和20年)〜)新潟生まれ。
桐朋学園大学を卒業後、ジュリアード音楽院を卒業。桐朋学園では斎藤秀雄に師事、ジュリアードでは
ポール・マカノヴィッキー、イワン・ガラミアンに師事している。ジュリアード在学中の昭和45年には
ミュンヘン国際音楽コンクールSQ部門で第1位を獲得。
更にアメリカのコールマン・コンクールで優勝。卒業後は東京クワッルテットの一員として
世界各地で演奏。ソロ活動も行う。演奏活動の傍らフィラデルフィア・ミュージック・アカデミー、
スミス・カレッジ、ハンブルグ・コンセルヴァトワールで教鞭を執る。ドイツ・バンベルグでも活動。
水戸室内オーケストラ、サイトウ・キネン・オーケストラのメンバー。
現在、桐朋学園大学講師。フェリス女子学園大学教授。
(1945/4/29(昭和20年)〜)福岡県生まれ。
昭和36年桐朋学園中退、鷲見三郎、宗倫安にVnを、斎藤秀雄に室内楽を秋山和慶に指揮法を師事。
ジュリアード音楽院に入学してドロシー・ディレイ、イヴァン・ガラミアンに師事する。昭和40年
第34回日本音楽コンクールで第2位に入賞。昭和45年コールマン室内楽コンクール第1位を獲得、同年
ミュンヘン国際音楽コンクールSQ部門で第1位を獲得。同昭和45年にジュリアード音楽院を中退。
留学中の昭和44年に池田菊衛/磯村和英/原田禎夫と東京カルテットを結成して第一Vnを務め、昭和44年
〜55年の間世界各地で演奏し、高い評価を受けると共にレコーディングも行っている。
昭和56年に東京カルテットを退団、クリーヴランド音楽院のVn科主任教授として、後進の指導に
当たると共に、イェール大学音楽部付きの四重奏団として、クロイッベルク、パノハ、バルソヴィア等の
各SQを指導。 昭和58年から日本に居を移し、ソリスト及び室内楽奏者として内外で活躍。
また指揮者としては九州交響楽団でデビュー。新日本フィル、東京フィル、札幌交響楽団等を指揮し、
好評を博している。
桐朋学園大学音楽部教授として後進の指導に当たっている。
(1945/4/1(昭和20年)〜)東京生まれ。
4才よりVnを始め、辻吉之助、鷲見三郎、江藤俊哉の各氏に師事。昭和42年桐朋学園大学を卒業。
高校在学中の昭和37年、第31回日本音楽コンクールで1位特賞、同年第二回安宅賞に輝く。
翌昭和38年、日本フィルのソリストとしてデビュー。昭和40年にロン・ティボー国際音楽コンクールに
4位入賞。昭和45年にカール・フレッシュ国際Vnコンクールで第2位に入賞している。そして国内外の
主要オーケストラと屡々協演しているほか、CD録音あるいは、サイトウ・キネン・オーケストラへの
参加、2001年にはバッハの協奏曲を協演。さらには同じく盲目のピアニスト梯剛之と共に、
「心に奏でるデュオ・コンサート」など多彩な活動を展開している。
授賞等;昭和30年全日本盲学生音楽コンクール特賞、昭和43年点字毎日文化賞。 昭和45年イザイ・メダル、昭和58年芸術祭賞優秀賞。 昭和62年自立更生者として総理大臣賞。 平成5年モービル音楽賞。 平成6年サントリー音楽賞。 東京芸術大学非常勤講師。桐朋学園大学非常勤講師。