ヴァイオリンとヴァイオリン音楽



第三楽章 ヴィオリニスト


(Mr。ビーハイブ楽師の話題メモ帳)

(その22)「日本のヴァイオリニスト」

バイオグラフィー(8)


61:佐藤陽子

 (1949/10/14(昭和24年)〜) 福島市生まれ。
 鷲見三郎に師事、昭和33年にレオニード・コーガンが来日した際の公開レッスンで才能を 認められる。翌昭和34年ソ連邦文化省の招きでソ連に渡り、モスクワ音楽院付属音楽学校に入学し、 レオニード・コーガンに師事する。 昭和37年モスクワ大ホールで、キリル・コンドラシン指揮で モスクワ国立オーケストラと共演デビュー。昭和41年チャイコフスキー国際コンクールに出場、 第3位に入賞。モスクワ国立音楽院に入学し昭和46年同音楽院を首席で卒業してフランスに行く。 在学中の昭和44年ロン・ティボー国際コンクール(パリ)で第3位。

昭和47年にヨゼフ・シゲティー氏に師事。10月、パガニーニ国際コンクールで第2位を獲得。 活発に演奏活動をする傍ら、著作活動も行う。ヨーロッパ演奏旅行の途次、マリア・カラス女史に 声楽の分野での素質を認められる。昭和50年 カラス女史唯一の弟子として薫陶を受け、10月 ブカレスト国立歌劇場から「蝶々夫人」でデビュー、絶賛を浴びる。
翌51年日本でも「蝶々夫人」を公演する。そして昭和52年には ジュゼッペ・ディスティファーノと 声楽家としてジョイント・リサイタルを開催するなどVnのみならず声楽の分野でも活躍する。
 筆者注:彼女の声楽も聴いたことがあるが、矢張りVnに専念した方がよかったのではなかろうか 。


62:田中直子

(1950/5/27(昭和25年)〜)東京生まれ。
 4才からVnを始め、渡邊季彦に師事する。小学校2年の時、桐朋学園の子供の為の音楽教室に入室。 ジャンヌ・イスナール、及び宗倫安に師事する。その後桐朋女子高校音楽科に入学、前橋汀子、 斎藤秀雄に師事する。昭和48年に桐朋学園を中退、師の前橋汀子の勧めで、ジュリアード音楽院に 留学して、ドロシー・ディレイに師事。そして長期に亘り、ディレイの助手を務める。

 ジュリアード在籍中にオルフェウス室内管弦楽団に入団。セント・ルークス室内管弦楽団の創設に 参加してコンサート・ミストレスに就任する。世界各国で演奏活動をしているが、アメリカを拠点と している為か、日本での知名度は比較的低い。然し日本でも水戸室内管弦楽団に在籍するなど室内楽の 分野で活躍している。
 現在ジュリアード音楽院教授。


63:川崎雅夫

 (1951/1/7(昭和26年)〜)東京生まれ。
 5才からVnを始め、久保田良作、斎藤秀雄に師事。昭和39年全日本学生コンクール中学の部で優勝。 桐朋学園女子高校音楽科、桐朋学園大学音楽学部を経てジュリアード音楽院に入学、奨学生として ドロシー・ディレイに師事する。
 昭和48年シンシナティ・フィルハーモニーとカーネギーホールで協演してデビュー。多くの オーケストラと協演の他、オルフェウス室内管弦楽団、NHK交響楽団、シアター・チェンバー・ プレイヤーズなど共演。

また東京カルテット、エマーソン弦楽四重奏団など数多くの室内アンサンブルと活動。更に ウエストチェスター室内楽シリーズの創始者として音楽監督を務めると共に、ニュージャージー 室内ソサエティの常任のメンバーでもあり、TOKYOソロイスツ、水戸室内管弦楽団のメンバーでも ある。

 昭和55年よりブルックリン大学音楽院で弦楽主任教授。昭和56年よりジュリアード音楽院の ドロシー・ディレイの助手として教鞭を執る。昭和58年にはシンシナティ音楽大学でVa教授を務め、 昭和62年にはジュリアード音楽院の教授に就任し現在に至っているなど、後進の指導に当たる。また アスペン音楽祭、スポレート音楽祭、長野アスペン音楽祭など多くの音楽祭に招かれている。 この様にアメリカを本拠とした活動を展開しているが 、日米双方で高く評価されている。

   門下生には次のような錚々たるVn奏者がいる。
   五嶋みどり/諏訪内晶子 /アン・アキコ・マイヤ−ズ/竹澤恭子/鷲見恵理子/
   神谷美千子/若林暢 /漆原朝子/

64:佐藤多美子

 (1951/7/21(昭和26年)〜)東京生まれ。
 桐朋学園音楽教室に入室、鷲見三郎に師事する。桐朋学園大学では、江藤俊哉に師事する。桐朋 学園在学中の昭和46年第40回日本音楽コンクールで第二位を獲得。翌昭和47年文化放送音楽賞を 受賞。昭和49年桐朋学園大学を卒業後、昭和50〜56年モーツァルテウム音楽院に留学しシャンドール・ ヴェーグのマスタークラスで学んだ。在学中昭和55年ジュネーブコンクールで特別賞を受賞。

昭和48年には新日本フィルハーモニーの客員奏者となり、桐朋の卒業年の昭和49年にはエルガーの Vn協奏曲を日本初演。昭和50年にはソリストとして初リサイタルを開いてデビュー。また昭和52〜 60年ザルツブルク・モーツアルテウム・カメラータ弦楽合奏団の団員及び独奏者としてヨーロッパ 各地で演奏活動を行っている。


65:安永徹

 (1951/11/14(昭和26年)〜)福岡県生まれ。
   父(安永武一郎:ピアニスト、指揮者)は九州交響楽団の名誉指揮者。母(安永リン:声楽家)も 姉も音楽家と言う恵まれた環境に育つ。昭和39年(13才)より江藤俊哉に師事。桐朋学園高校を経て 昭和45年、桐朋学園大学に入学。在学中の昭和46年に第40回日本音楽コンクールに出場して、第一位の 栄冠に輝く。また昭和49年に卒業後、ヨーロッパに渡り、ベルリン音楽大学に留学して、ミッシェル・ シュヴァルベに師事する。

昭和52年にベルリン・フィルハーモニーの第一Vn奏者として入団。昭和53年よりベルリンフィル・ 弦楽ゾリステンのメンバーとしてヨーロッパ全域で定期的に演奏会を行い、高く評価されている。日本 でも度々演奏会を開いている。またソリストとしても、活躍している。昭和58年ベルリン・ フィルハーモニーの第一コンサートマスターに就任。

 初のソロアルバムで平成2年文化庁「芸術作品賞」を受賞している。
その際の吉田秀和評:「日本人でこんなに柔らかでしっとりと落ち着いた大人の音楽をVnで弾いた 例が他にあっただろうか。」


66:数住岸子

 (1952/3/23(昭和27年)〜1997/9(平成9年))大牟田市生まれ。
 中学の時上京して桐朋学園に入学、斎藤秀雄、前橋汀子、江藤俊哉に師事。然し昭和46年に 桐朋学園大学を大学1年の時に中退して、昭和46年ジュリアード音楽院に全額スカラーシップを 受けて留学し、ドロシー・ディレイに師事する。またアレキサンダー・シュナイダー、ミッシェル・ シュヴァルベにも学んでいる。

 昭和46年にカーネギーホールでデビュー、その翌年にも同カーネギーホールでリサイタルを開き、 以来ピッツバーグ、デトロイト、シカゴ等のアメリカの主要オーケストラと協演を重ねる。昭和48年 ソリストとしてカザルス音楽祭、アスペン音楽祭に参加。日本では昭和51年に東京でデビュー リサイタルを開く。

 昭和59には東京フィルハーモニーのヨーロッパ公演に同行、高い評価を受ける。平成2年にはハレ 管弦楽団と協演し「恐るべき優れたテクニック、真のヴィルトゥオーゾ」と評され絶賛を博す。
 昭和57年にNHK交響楽団定期演奏会での協演のライヴレコードではレコードアカデミー賞を受賞して いる。その他イギリス室内との協演や原田幸一郎と共に「ナーダ」を結成して、室内楽活動を行って いる。

数住岸子は北九州市立「響」ホールの音楽監督を務めていたが、北九州国際音楽祭の一環として 開催されていた「響ホール現代音楽の国際音楽祭」の総責任者でもあったが、開催直前の1997/6月に 肺腫瘍の為に亡くなった。惜しい若すぎる死である。開催直前の死であっが、高橋悠二は彼女の 生前の意向を受けて、この年の国際音楽祭は開催された。


67:清水高師

 (1953/1/13(昭和28年)〜)神奈川県生まれ。
 徳永茂/鷲見三郎、に師事。昭和45年に第39回日本音楽コンクールで第一位レウカディア特別賞を 受賞。昭和46年に横須賀高校を卒業後渡米して南カリフォルニア大学に入学。
 不世出の巨匠ヤッシャ・ハイフェッツに師事。また昭和46年には文化放送音楽賞を受賞。

 昭和47年に南カリフォルニア大学を卒業した後、フランスに渡り、ミッシェル・オークレールに 師事。イギリスのギルフォール演劇学校を昭和54年に修了。イギリスではニーマンに師事して研鑽を 重ねる。またメニューインにも学んでいる。その間の昭和50年にはロン・ティボー国際コンクールに 出場して第3位に入賞。昭和53年第6回チャイコフスキー国際コンクールで第5位入賞。
同昭和53年にはカール・フレッシュ国際Vnコンクール第二位、更に同年パガニーニ国際Vnコンクール 4位入賞。翌昭和54年にはフリッツ・クライスラー国際Vnコンクール第4位入賞。

昭和55年にエリザベート王妃国際音楽コンクール第3位。グラナダ弦楽コンクールで第一位を 獲得する等、3年の間に次々に国際コンクールに上位入賞を果たすという、目覚ましい活躍を している。
その後ロンドンを拠点にベルギー/オランダ/スペインなど主としてヨーロッパで演奏活動を 行っているが、ブロッホやバルトークなど非ドイツ系の音楽を得意とするが、レパートリーは広い。
 平成2年東京芸術大学助教授に就任。Vn室内楽を担当。


68:山口裕之

 (1953/11/5(昭和28年)〜)東京生まれ。
 Vnを鷲見三郎に師事する。桐朋女子高等学校音楽科に入学、昭和51年同学園大学音楽学部を卒業。 高校時代の昭和44年に全日本音楽コンクール高校の部で優勝、昭和50年には第44回日本音楽コンクール で第二位、昭和52年には民音コンクール室内楽の部で第二位を獲得する。

 昭和50年、桐朋学園大在学中に東京フィルハーモニー交響楽団に研究員として入団。翌50年には コンサートマスターに就任、昭和54年に退団し、同年5月にNHK交響楽団に入団、昭和59年にコンサート マスターに就任している。
  また昭和58年にゼフィルス弦楽四重奏団を結成、昭和63年〜平成三年までカザルスホールの レジデンス弦楽四重奏団として活躍、さくら弦楽四重奏団を主宰するなど、室内楽の分野でも活発に 活躍している。尚平成五年には第13回有馬賞を受賞している。
東京芸術大学、桐朋学園大学で教鞭を執る。


69:石川静

 (1954/10/2(昭和29年)〜)東京生まれ。
 4才の頃から才能教育でVnを学ぶ、鷲見三郎に師事15才の時東京芸術大学の客員教授であった ホロニョーバの勧めでチェコ・スロヴァキアに留学。プラハ音楽芸術アカデミーで学び、昭和49年に 卒業。在学中の昭和44年にプラハコンチェルティーノ、二重奏部門で一位に輝く。また昭和47年に 第6回ヘンリク・ヴィエニアウスキー国際Vnコンクールで第2位を獲得。

 昭和51年にエリザベート王妃国際音楽コンクールで5位、同年チェコ・フィルのソリストとして 日本でデビューし、芸術選奨新人賞を受賞。更に昭和54年に第一回フリッツ・クライスラー国際Vn コンクールで第3位と各コンクールで立て続けに優秀な成績を収めている。
 オーストリアに在住、主としてドイツ、北欧で活躍している。
受賞:昭和44年に文化放送音楽賞を受賞している。


70:磯野順子

(1954/12/22(昭和29年)〜)東京生まれ。
 宗倫保、斎藤秀雄に師事。昭和50年に桐朋学園大学を中退するが、在学中の昭和48年に第42回 日本音楽コンクールで第一位レウカディア賞を受賞。昭和50年ドイツに留学。デトモルト音楽 アカデミーでエルンスト・マイヤ・シアニングに指導を受けた。
 その後北西ドイツ音楽院を昭和55年に卒業。その間の昭和52年にはメンデルスゾーン・コンクール、 ピアノトリオ部門で第一位を獲得。同年ジュネーブ国際音楽コンクール・ピアノトリオ部門でも 第2位を獲得する。また同年芸術家国家試験に合格するなど、着実に成果を上げる。
 そして昭和55年に帰国、東京でリサイタルを開きデビューする。それ以降は室内楽活動を非常に 活発に行うと共に、サイトウ・キネン・オーケストラのメンバーでもある。
 現在桐朋学園高校、並びに桐朋学園大学講師を務める。


平成15年4月27日  ***編集責任・錦生如雪***


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